弱さの奇跡





 畳のものではない冷たさに、ふと、意識が覚醒する。
 だが、目を開こうとは思わなかった。
 目を開いたら、目の前に仏壇があって、父と母の位牌と遺影があって、自分はただ一人なのだ。
 そう思うと、このまま目を閉じていた方が……幸せなのではないかと思えて。

 ――が、それは突然崩された。

「おい、お前」
「!?」
 見知らぬ声に、思わずバッと起き上がる。
 声をかけてきた人物は、真っ黒で――まさに真っ黒で、アジアンな人だった。
「あ、のぉ…」
 がその人物に目を釘付けにさせていると、彼はまんまるな目のままで、言葉を告げる。
「お前、いきなり現れた。お前、何者」
 こっち側から言わせると、アジアンなアンタの方が何者よ? な感じなのだが…。
「…あの、えっと、私……」
どうしたものやら、あわあわしている所に――

「あーーーーーーーーーーっ!!!! !!!」

 突然後ろから見知った声が聞こえてきて、思わず振り返り――意識せぬまま、その人物に向かって、走り出し――抱きついていた。
 涙の、オマケつきで。
「っ…わぁぁんっ……悟空ぅーーー!」
「おわっ…!? 何泣いてんだよ、久しぶりなのにさぁ〜」
「だって…私……だって…!!!」
「? 意味わかんねえぞ…」
 そう言いながらも悟空は、自分より少し背の高いの背を、なだめるように撫でてやる。
 は逢いたかった人物――触れたかった、大好きな人を見て、思わず涙腺が緩んでしまったのだ。
 孫悟空。
 初恋の、彼。
 両親を失ったのショックを、全部受け止めてくれるかのように、泣きじゃくる彼女を、悟空の手が優しく撫でていてくれた…。

 落ち着いた頃、悟空がアジアンで真ん丸な目の人に、説明のような説明でないような事を話し始めていた。
 はというと、悟空とは少し離れた場所で、ぽかんと空を見上げていた。

 悟空がいる事や、妙に不思議な人がいる事から考えて、ここはのいた『地球』ではない 『地球』 なのだろう。
 …自分は母の死から逃れたくて、それで来てしまったのかもしれない。
 以前は、父の死から逃れたくて…。
 ――まるで、変わっていない、弱い自分。
 弱い心。
 でも、どうしてだろう。
 故郷に帰ってきた――あるべき場所に帰ってきた――そんな感じがする。
 おかしな話だ。
 己は ”向こうの地球” 側の人間なのに。

 それにしても、一面真っ青だ。雲ひとつない。
 円状の地面に、家というか、むしろ形容するなら神殿のようなものが一つ。
 ちまちまと緑があり……それ以外は、何もない。
「……下は、どうなってんだろ」
 のそのそと歩いて円のふちまで歩いて来た時、の体はピシッと固まった。
(く、雲が下に……地面が見えな……)
 クラクラ来て、その場に座り込む。
 何となく端っこにいるのが怖くなって、悟空のいる真ん中辺りまで戻った。
 彼は、アジアンな人に説明を終えていたらしい。
「お前、言う名前なのは分かった。わたし、ミスター・ポポ言う。神様の付き人」
「ミスター・ポポね! よろしく、です!」
 神様がどうの、というくだりはともかくとして、握手を求める。
 ミスター・ポポは躊躇する事なく、それに応じてくれた。
 あったかい手に、安心感さえ覚える。
 握手を終えると、彼はふぅ、とため息をついた。
「悟空の説明、無茶苦茶。お前、どうやってここに来た。ここ、天界にある神様の神殿。来れるの、選ばれた者だけ」
「そ、そんなトコに…」
 どうりで、地面が見えないはずだ。
 どうも、向こうからこちら側に来るのには、”悟空がいる場” という法則がある気になる。
 別の法則があるかもしれないが、今の所は。
 ……それにしても。
「ミスター・ポポ、、ここにいてもいーかなぁ」
 聞きたいと思っていた事を、先に悟空に言われ少々驚くが、も頷いて、ミスター・ポポを見た。
「ミスター・ポポ、決められない。決めるの、神様」
「じゃあ、オラが神様に聞いてくる!」
「その必要はない」
「あっ、神様!」
 悟空の声に、はその ”神様” の声がした方を見て――……一瞬固まる。
 緑だ、緑。
 が、は慌てず騒がず、丁寧にお辞儀をした。
 こちらの ”地球” と、向こうの ”地球” の、生態系やルールが違うのは、以前来たときに充分、分かっていた事だったので、
 慣れるのは早い。
 順応しすぎ、という話もあるにはあるが。

「は、初めまして、です…」
「…とやら、そなたがここに現れたのは、必然であったのかもしれん…」
「?」
 神というだけあり、威厳がある。
 は知らず、ぴしっと背筋を伸ばして立っていた。
 何となく、冷や汗まで出てくる。
よ、少し、心を読ませてもらうぞ」
「え?」
 よく分からないが、神は意識を集中させているようだった。
 は、なるべくニュートラルな状態のまま、じっと立って、神が何か言うのを待っていた。
「……ふむ、やはり…」
「は?」
「いや、何でもない。こちらの事だ…。よいだろう。暫く、ここにおるがいい」
「あ、ありがとうございます!」
「よかったな、!」
 悟空も一緒になって喜んでくれる。
 は思わず、ピースをしていた。
 神がその様子を見ながら、彼女に付け加える。
「強くなりたいのであれば、ここで修行してゆけ。いい機会だ」

 悟空とが、一緒になって精神修行をしているのを見ながら、ミスター・ポポが神に尋ねた。
「神様、、何か不思議なカンジ。不思議な力」
「そうだろうな…何しろ彼女は、あのお方の守護を持つ…言い換えれば、娘のようなものらしいからな…」
 驚いたのか、ミスター・ポポの真ん丸な眼が、心持ち大きくなった気がした。
「…ポポ、納得」




2003・7・18