恋愛逃避と能力開花




さん! 僕と付き合って下さい!」
「ごめんなさい」
「………」
 男は、まさか即刻断られるとは思っていなかったのか、口をポカンと開けたまま、固まっている。
 告白された側であるは、人より小さい背を、更に小さくさせるかのようにお辞儀をし、たたっと走って行ってしまう。
 男が硬直から解け、理由を聞こうと思ったときには、既に彼女の姿はなかった……。

 
 現在十四歳の少女である彼女が、どういう訳か別世界に迷い込み、孫悟空という少年と出会ったのは、もう四年も前の事。
 当時十歳だったは、亀仙人という師に少々の武術の教えを受け、七ヶ月と少しの間、同じ『地球』という名を持ちながら、待ったく別の『地球』で暮らした、という経験を持っている。
 毎晩見ていた『夢』の世界とそっくり同じ――しかも帰って来たとき、時間の経過は全くなかった。
 ただ、証があった。
 悟空に、そして、それを取り巻く人々に出会ったという、確かな証。
 それはネックレスのトップ――小さな瓶の中に入っている、白い砂。
 帰って来たそのとき、手にぎゅっと握り締めていたもの――未だに捨てられないのは、繋がりを断ちたくないからか、忘れてしまいたくないからなのか――。

 昼食時、友人の由依が、苦手なグリンピースを避け、サラダをつついて食べながら、に呆れた表情を向けた。
「まぁたフッたの? 何人目よ、これで」
「だってさぁ…」
「はーぁ」
 ため息をつく由依をよそに、はむっつりしながら麺の袋のふちを切り、ミートソースと絡める。
 告白を断った後のミートソースは、何となく味気なく感じた。
 大好きな食べ物なんだけども、今は……。
 由依がため息をつく気も、分からなくもない。
 にはよく分からないが、中学二年になって告白された数は、もう片手では収まらない。
 当人は至って普通に過ごしているので、告白されるような理由なんて、全然全く分かろうはずもなく。
 まさか、小学校の頃から、殆ど伸びていない身長のせいではないだろう。
 今だって、小学生と間違われるほどの小ささだが、これは長所とは言えない……と思う。
 ちっちゃくて可愛い、という話もあるにはあるが。
「いい加減、一人ぐらい付き合ってみればぁ?」
 何気ない由依の一言に、は思い切り首を横に振っていた。
「イヤだよ、絶対、だめ!」
「……小学校の頃の、『強い人じゃないと』 ってヤツ?」
「う…まあ…」
「…はぁ、信じられない…」
 由依が呆れながらも、グリンピースをころっと転がした。
 しかし、呆れられても困ってしまう。
 どんな人に告白されても、どうしても駄目なのだ。
 そういう時、絶対に思い出してしまう――あちらの世界の存在。
 今頃、どうしているんだろう。
 彼らは――。

 国語の授業の最中だった。
 は妙に胸が熱くなっているのを感じていた。
 砂――胸にある、小瓶…発熱しているかのような熱。
さん、次の行を読んで」
「あ、はい…」
 示された部分をすらすらと読み、「結構です」の言葉の直後、力が抜けたようにすとん、と座る。
 誰も、の異変に気づかなかった。
「では、次は――」
 教師の声が、突然ぷつりと切れた。

 どくん

 どくん

 教師の声より、自分の心臓の音の方が耳に付く。
 は机に肘を突き、何とか状態を立て直そうとするが、そのまま力が抜けてしまい、まるで居眠りでもしているかのように、机にペタンと腕と顔をつけてしまう。

 どくん

 どくん

 小瓶が、熱い。
 誰かにそうしなさいと言われた訳でもなく、ゆっくりと目を閉じると、『夢』 の世界が見えた。
 そこは見た事がない場所だったが、見知った人物が、一人だけ、いた。
 そして、その人物が、酷く苦しんでいるのが見えた。
(……あれは……悟空!!)
 瞬間、の意識は ”学校” という場から離れ、苦しんでいる悟空の元へと向かっていた。


「…苦しみ続けて三時間……」
「じゃが、よくもっておる……」
『…悟空……』
「!?」
 何処からか聞こえてきた声に、その場にいたカリン、ヤジロベーは、きょろきょろと辺りを見回した。
『悟空は、苦しんでるのね?』
 声なき正体不明の者に対し、カリンは悪意はないと悟ってか、事情を説明した。
 ピッコロ大魔王という悪を倒すために、『超神水』 という猛毒を飲んだ事。
 それに打ち勝てれば、強くなれるという事。
 そして今、三時間が経過して尚、苦しみ続けているという事。

「おおっ!」
 説明し終わった頃、悟空の間隣に、淡く、青白い光を放つ存在があった。
 それは光を纏う少女。
 悟空が目覚めていたならば、すぐに誰だかが分かっただろう。
 光を纏う少女――は、自分が何をすればいいのか、どうすればいいのか、不思議と理解していた。
 苦しむ悟空の体に触れると、両の手の平に意識を集中させる。
 じわりと、手のひらが淡い緑色に包まれた。
「ぐ、うぁ……」
『悟空……』
 彼の苦しみを、少しでも――ほんの少しでもいいから、癒したい。
 ほんの少しだけでも、和らげたい。

大事な、大事な人だから。

 両の手のひらの、淡い緑色が、すぅっと悟空の体に吸い込まれていく。
 すると、不思議と彼の呼吸が、幾分か穏やかになった。
 余り長い時間こうして彼を助けていては、本来の苦行になるまい。
 は名残惜しげに、両手を離した。

『…悟空…』
 苦しむ彼の頬に、そっと手を触れる。
 脂汗が浮かび上がり、苦しみがいかなるものかを如実に物語る。
『………頑張って、大好きな、悟空…』
「お、おみゃあ…一体…」
 は振り返り、カリンとヤジロベーに微笑みかけると、すぅっと溶ける様に消えてしまった。


「…さん……さん!!!」
「は!?」
 思い切り顔を上げると、先生の怒った顔が目の前にあった。
「居眠りしてるなんて……」
「あ…あはははは」
 額に汗を流しながら、頭をかく。
 先生は 「まったく」 と言いながら、黒板の方へと戻っていく。
 は胸元に揺れる小瓶を見た。
 ……もう、あの妙な心拍と、熱はない。
 でも。
(……夢なんかじゃ、ないよね)


 超神水を飲んでから六時間が過ぎた時、悟空は突然目を覚ました。
 きょときょとと周りを見回し、カリンとヤジロベーを見る。
「すっげえ!! 死ななかったぞてめえ!!!」
「ようやった! 見事じゃぞ悟空!!」
「力が…力が溢れてる…」
 悟空が両手を見ながら、感激したような声を出す。
 が、思い出したかのようにカリンを見た。
「なあ、カリン様…もう一人、誰かいなかったか?」
「おぬしが苦しんでおる時、不思議な少女が現れて……すぐに消えおったがの」
「………か…?」
 遠くを見つめ、悟空が呟く。
 答える声はなかったが、彼には、彼女が自分のために来てくれたのだと――そうとしか、思えなかった。


 帰りの道すがら、は両手を広げたり閉じたりしていた。
「……あの時の感じ……」
 道の端で足を止め、同じように集中してみる。
 ほんの少し、手のひらが淡い緑に彩られた気がした。
 誰に教えられたわけでもなく、”これ” は、癒しの力を持つ物だと理解できた。
「……悟空……」
 大好きなヒト。初恋のあのヒト。
 何処にいるか分からないけれど、想いが届けばいい。

(…頑張って!)



2003・7・11