超!運動能力? 砂場での一件以来、に対するイジメはなりを潜めていた。 長い休み時間ごとに砂場に連れ出され、砂をかけられる事はなくなったし、その他、授業中に足を引っ掛けようとする輩もいなくなった。 以前なら足を引っ掛けられ転んでいた者が、いくらタイミングをずらしても、足を高く上げても、それを上手く避けられるほどの力を身につけてしまっては、意味がない。 たったの一日で変貌した彼女に、イジメていた人物も、教師も、友人すらも驚いた。 昼食時間。 友人同士で机をくっ付け、給食を食べている最中、の友人である香坂由依が、苦手食材であるひじきを、恨めしそうに睨みつけながら、素朴な質問をした。 イジメられ続けていたの、唯一の協力者である。 止められはしなかったが、いつも、話し相手になってくれていた。 「…さぁ、変わったよねぇ」 「……自分でも、そう思うよ」 スープをこくっと飲み、軽くそう言ってのける。 ここ一週間ほど、イジメられなくなった事に驚いていたし、それから――体育の成績が――というか、運動能力がぐんと上がった事に、由依だけではなく、クラス全体が驚いていた。 かくいうが一番驚いていたりするのだが、それはおくびにも出さない。 「中学の空手部でしょー、それからバスケ部に体操部…。何か色んなトコからオファーがかかってるって聞いたけど?」 由依がひじきを避けつつ、中にあるちくわを食べる。 その様子に苦笑いしながら、はパンを一かじり、口にした。 「ハタメイワク。自分でも、何でこんななのか分かんないのに…」 「あ、そうそう!」 「?」 ぴっとスプーンを向け、ニッコリと笑う由依。 彼女がこういう顔をする時には、必ず何かがある。 しかも、大抵がよからぬ事。 「兄貴のファンが、何か変な動きしてるらしいから、気をつけなよ?」 「…一応、頭に入れとく」 は 「はぁ」 とため息をついた。 友人の香坂由依には兄がいる。 その兄とも仲がよく、かつ、兄――香坂克也は、ファンが出来るほどカッコイイ。 そこに他愛もない噂――克也とが付き合っている――というのが流れたせいで、香坂克也ファンがのターゲットになっている、という訳で。 ていのいい、イジメの材料が増えるだけである。 由依はニンマリした表情のまま、をじぃっと見つめた。 「どうせなら、本当に付き合っちゃえばぁ? 兄貴も、まんざらじゃないっぽいし」 「こんなチビィの相手にしたって、面白くも何ともないよー」 くすくす笑いながら言うに、本当に何かが変わったと、口を開ける由依。 笑うたびに、サラサラの黒髪が、軽やかに揺れる。 以前は表情が固まっていたというか――かたくななイメージがあったのだが、今の彼女は女の由依が見ても可愛い――と思う。 そんな事を思っているとは知らず、の方は『そういえば、悟空より私の方が大きかったなぁ』などと思い出し、完全に上の空になっていた。 その様子に敏感に気づいたのか、由依がまたニッコリとした笑いを向ける。 「ねえ、もしかして…好きなヤツでもできたの!?」 「え、なんで?」 「だってさぁ〜、急に可愛らしくなったって言うか、妙に強くなったっていうか…」 急に生き生きし出す由依。 この手の話が、大好きなのがよく分かる。 しかし…。 (好きな人……ねぇ……) 胸元に揺れる、『あの世界の砂』 の入った小瓶をじっと見る。 は、その小瓶を見ている、二つの視線に気づかなかった。 ……白砂の入った瓶。 一夜の夢。 でも…でも、きっと、そうじゃない。 色々な想いが廻るが、一番鮮烈に思い出すのは、彼の笑顔。 自分の抱く、全ての不安を取っ払ってしまうような――孫悟空の笑顔で。 「ほら! また!」 「なっ、なに!?」 由依に、ピ、と指をさされて驚く。 「何か、遠い目してた! 誰っ、その好きな人は!!」 「…うー、えーと…」 ここで今までの事情や状況やら説明して見せたところで、意味はあるまい。 夢の中の人、なんて言ったら、それこそ本当に克也とくっつけかねられないし。 とりあえず、場を繕わなくては。 「んとね、強いて言うなら…」 うんうんと頷き、期待の眼差しを向ける由依に向かって、は悪戯っ子のように、ニッと笑った。 「強い人、かな」 「はぁーーーー!!? なにそれえええ!!!」 脱力したような由依に、はクスクスと笑みをこぼした。 その胸元で、白砂がキラキラと煌いた…。 事件とは、唐突にやってくるものだ。 体育の授業が終わり、後は掃除と学活。そうしたら帰るだけ――そんな折。 「ないっ!!!」 の叫びが、クラス中に響いた。 かと思うと、あっちこっちカバンの中やら、手さげの中、筆箱の中まで、とあるものを探して探して探しまくる。 「どうしたの?」 由依が不思議そうにを見ると、彼女は青ざめて、口唇を震わせていた。 「ない…私…私の……」 「これの事?」 意地悪気な笑みをたたえた女子が二人――うち、一人が震えるに声をかける。 その手にあるのは、大切な――大切な。 「私の、砂瓶!!」 怒りを露わにするに、多少たじろぎながらも、「こっちに来なさいよ」という彼女らの挑発に乗り、さっさと後ろからついていく。 勇んでついていく彼女の更に後ろを、由依もハラハラしながらついて行った。 「……で?」 連れて来られたのは、下の階へ向かうための階段。 下を向けば踊り場があり、その更に下には二階への階段がある。 たちの立っている場からは、手すりのせいで、踊り場までしか見えないが。 「『で?』 じゃないわよ。香坂くんに近寄んなって言ったでしょう!」 一人の女子が怒りの形相をしつつ、に食って掛かった。 この場合、双子の兄弟である由依は、当然の如く問題外らしい。 ファン関連…と内心思いつつも、なるたけ冷静に対処するよう努める。 「由依の兄貴だもん、近寄るなったって――」 由依と由依の兄の克也、そしては、家が近いせいもあり、三人で下校する事が多い――というか、ほぼ毎日。 たかだか帰るだけの、ちょっとの時間すら駄目なのかと言いたくなるが、『砂瓶』が相手の手の内なので、言わないでおく。 由依が後ろから「むちゃくちゃね」とため息するが、完全に自分たちの世界に入っている、恋愛モード女子二人には、彼女の言葉など全く耳から素通り。 右から左である。 「…アンタ、この砂の入ったの、随分大事そうね」 紐の部位を持ち、振り子のようにプラプラさせる。 先ほどから小瓶を見ていた二つの視線は、彼女たちだったようだ。 以前のなら、泣きそうになるのを、ぐっとこらえていた所かもしれないが、今は――今は、怒りがみなぎっていた。 友人の由依は、その微細な変化に気づいていたが、一連の行動を止めようとするともう一人の女子が邪魔をし、手を出させてくれない。 「これが、そんなに大事?」 嫌な笑いをこぼしつつ、名も知らぬ女子が、小瓶を振り続ける。 はカッとなりそうなのを、必死でこらえていた。 「大事。返して」 「ふぅーん、じゃあ……返してあげる。ほぉらっ!!」 「あ!!!」 女子生徒が、『砂瓶』 を階下の踊り場に向かって、弓なりに、ぽぉんと投げた。 このままでは、弧を描き、落ちて、割れてしまう―――。 瞬間。 は危ないとか何とか考えず、動いていた。 「だめぇっ!!」 彼女の叫びと共に、瓶が落ちるのをピタッとやめた――気がした。 階段の方を向いて凄い勢いでジャンプし、砂瓶を空中で掴むと、正面の壁に足をつき、勢いでバク転して、踊り場にふわりと降り立った。 そっと手の中にある物を見ると――傷一つ付いていない事に喜び、気合いが抜けたのか、その場にへたり込む。 「よかったぁ〜……」 ホッとしたところで、やっとの事、階上の由依を含む、女子三人を見る。 一様に目をぱちぱちさせ、今見たものに、ただただ驚いていた。 由依が、震える声で聞く。 「、だ、大丈夫…?」 「うんっ、瓶、無事だったよ!」 ニコニコ笑いながら手を振る。 そうじゃなくて、アンタがよ。 そう思ったのは、由依だけではなく、これを仕掛けた女子二人も同じであった。 2003・6・14 |