立ち向かう日




 朝。
 は 「うーん」 と伸びをし、机の上を見やった。
 小さな瓶の中に、キレイな白い砂が入っている。
 夕べ『夢』から目覚めた時に、右手に大事そうに握り締めていた砂は、その『夢』の世界のもの。
 朝日を受けて、夜にも増して煌いているようにすら感じられた。


「ふあぁ…」
 一つ大きなあくびをし、ベッドを降りて、もう一度伸びをする。
 時計の針は、午前五時を示していた。
 よく分からないけれど、『夢』 の世界にいたおおよそ七ヶ月とちょっとは、実際にあった事だと、自信を持って言えた。
 亀仙人の修行。
 クリリンの明るさ。
 ランチの、豹変振りと面白さ。
 そして、悟空の笑顔と、白砂。
 あれ全てが、たかだか夢とは思いがたい。
 臨場感があり、現実感がありすぎるし、何より―――
(…私の体の感覚が、何か違うんだよね)
 たとえ、『こちらの世界』 では、日が経っていなくても。


「行ってきまぁす!」
「行ってらっしゃい、気をつけてね」
 優しい母の声。久々に耳にした気がした。

 例の『砂』は、トップ付きネックレスのようにして、こっそり身につけていた。
 学校で先生に何か言われたら、『父の形見です』 とでも言っておけばいい。
 ある意味では、ウソではない――と思う。
 実際アレは、父の起こした奇跡だと思っていたし。
 いつもなら暗く重い足取りで向かうはずの学校への道のりが、物凄く普通で、軽いものに思えた。
(悟空とクリリン、武道会がんばるよね、私も、がんばる!)
 この世界の何処を探しても、いない人物の事。
 以外には、知りえない人物の事。
 でも、それは彼女の力になっていた。
 『心の強さ』 に。


 昼休み。
 いつものように――実際、の中では七ヶ月間の時間が流れていたのだが――そんな事を知るよしもないイジメッ子たちは、彼女を砂場に連れて行くと、突き飛ばした。
 ――否、突き飛ばそうとした。

「……あ?」

 周りにいた男子の一人が、妙な声を上げる。
 突き飛ばそうとした男子の方が、逆に砂場に頭から突っ込んでいたからだ。
 自身、ポカンとして、自分の手を見ている。
「……アレ?」
「っな…なんだよのクセに!」
「ごめん、でも、そっちが悪いんじゃん」
 の何気ない発言に、イジメっ子たちがギョっとした。
 今まで――昨日まで、口答えすらしない弱者だった彼女に反論され、呆気にとられる一同。
 しぃん、と砂場の周りが静まり返った。
 周りでイジメを見ていた者たちも、の余りの様変わりに、開いた口が塞がらない。
 砂の中から起き上がった主格の男子がバッと立ち上がり、を射殺さんばかりに睨み付けた。
「おっ……おまえ……絶対許さないからな! は大人しくイジメられてりゃいいんだよ!!」
 ぎゃーぎゃーわめきたてる男子に向かって、はキュっと口を結び、それから眉間にしわを寄せ、反論する。
「死んだお父さんにも、悟空にも、強くなるって、がんばるって約束した。だから、もう、逃げない」
「なん……」
 絶句する一同。
 の余りの豹変振りに、何をどう言っていいのか、分からない。
 元々泣かない彼女。
 だが、これは――何か憑き物が落ちたように――そう、強くなったのだ、本当に。
 男子は怒り、に砂を投げつける。
「きゃあっ!」
「うわ!」
 無茶苦茶に投げ放った砂は、周りのイジメっ子たちにも降りかかった。
 中には、口の中に入ってしまった子もいるようで、
 「ペッペッ」と、一生懸命に異物を吐き出している。
 一番、集中砲火を浴びたのは、勿論の事――だったのだが。
「……あれ? かかって、ない??」
「下手くそーーーーー!!」
 被害を受けた周りの子――男女を問わず――が怒り出し、砂を投げた男子が困り顔になる。
「お、おれ、ちゃんと……」
「実際、かかってねえじゃんか!」
「へたっぴ!」
 散々な言われをし、男子は悔しそうに走り去って行ってしまった。
 他のイジメッ子たちも、バラバラと散っていく。

 砂場に残された、ただ一人――は、不思議そうに手足を見た。
 本当に、一粒の砂すら、かかっていない。
(…目をつぶってたから、どうなってたのか分っかんないなぁ…)



 これが後々、彼女の運命に大きく作用するとは、誰も思わなかった。

 勿論、当人さえも。




2003・5・14