力の片鱗




 天下一武道会が一週間と迫った頃、悟空とクリリンの二人の修行は、四十キロの亀の甲羅を背負って今までと同じ事をするという、今までと大して変わりのないものだった。

 久しぶりに筋斗雲を使って、二人の修行ッぷりを見たの感想は、
「あんたら、ホントに人間?」
 である。
 超ウルトラハードな修行を、四十キロの甲羅を背負って、世間話をしながらこなしていくのだから、もはや常人とは言えまい。

 で、随分と強くなっていた。
 自分で認識はできなかったし、悟空やクリリンに比べればどうしても弱い部類に入ってしまうし、彼らと戦った所でぼっこぼこに負けるに決まっているのだが。

 工事現場の修行の最中も、他の大人の二倍以上の働きをしながらも雑談をかましている二人に、呆れる事すら馬鹿らしくなっていた矢先――それは、起こった。


「あぶねえ!!」
「え!?」


 突然の悟空の掛け声に、は咄嗟の判断で――修行の成果ともいえるが――筋斗雲にべったり伏せた。
 その頭の上を、工事現場の道具の一つであるツルハシが飛んでいったのである。
 もし、普通に座ったままだったら、頭とツルハシが仲良しになっていた事だろう。
 何事かと悟空の方を見ると、彼の前の方で作業していた男性のツルハシがない。
 というか、柄の部分しかない。
 留め金がしっかりしていなかったからか、何なのかはともあれ、は事なきを得たのだが……。
 そうでない人が、一人。
 彼女の向こう側で作業していた、男性である。
 不運にも、落っこちてきたツルハシと足が接触してしまったらしく、多量に血を流していた。
「救護箱は何処だー!」
 叫ぶ働き手たち。
 悟空とクリリンも側にいた。
 も筋斗雲から降りて、その怪我人の元へ行く。
「悟空、ありがと。言ってくれなかったら、危なかった」
「怪我はねぇみてえだな、よかったぞ」
「よくはないだろ…怪我人いるわけだし」
クリリンが突っ込む。
 確かに……。
 怪我をした男の人は、苦悶に顔を歪ませつつ、足から血を流していた。
 ただ一人、その場にいた女だったが、「すみません」 と言いつつ怪我をした男性の元へ行く。
 何が出来るわけでもないと思ったが、土木建築作業員というのは手が汚れているから、簡単な応急手当だとしても、ばい菌で後々問題になるかもしれない。
 そこへいくと、は筋斗雲で現場を見ていただけなので、手がそうそう汚れているでもなく。
 ゆえに何か出来ないかと思って、前へ出た。
 悟空とクリリンは、何をするのかと彼女の行動を見ている。
「……えと、ちょっとだけ、足動かせます?」
「ぐぅ……あぁ……」
 男は言う通り、少しだけ足を動かした。
 それを見て、ホッとする。
「アキレス腱は大丈夫みたい…」
「救急箱はまだか!?」
 後ろで事を見ていた男が叫ぶが、もう少し時間がかかるようだ。
 ……ここ最近怪我人がいなかったのか、
 それとも管理がずさんで場所が特定できないのか。
 ともかく、血を止めなければ。

(どうしよう……)

 は自分が血に弱くないという事と、そう不器用でもないという事に感謝した。
 血に弱かったら、泣いていたかもしれないし、パニックしていたかも。
 ざっと見たところ、包帯の代わりになりそうなものはなかった。
 さすがに、作業員の汗にまみれたタオルで止血するわけにもいくまい。
 ぱっくりと割れている傷口は、見ているこちらも痛いほど。
「…おじさん、ちょっと、ごめんね!」
「おい…? ぎゃああっ!!」
「早く! 救急箱と水持ってきて!!」
 はそう叫びながら、自分の両手で男の足を抱え込むようにして、傷口を無理矢理閉じた。
 両手だけでは間に合わず、自分の洋服が血に濡れるのも構わずに、抱きつくような形で必死に止血する。

 その体が、ぼぅっと、緑色に光った気がした。
 少なくとも、悟空にはそう見えた。
 必死の彼女は気づかなかったけれど。
 クリリンも、気づかなかったけれど。
 悟空が、彼だけが気づいた。

の体……緑に光って、キレーだなぁ……)

 場違いながらも、そんな事を思った時、やっとの事で救急箱が届いた。
 がぱっと離れ、一緒に持ってきてもらった水をぶっかけ、消毒液に手を伸ばす。
 ぱぱぱっと消毒を済ませると、包帯でぐるぐるまきにした。
「ふぅ………早く、病院つれていってあげて」
「あ、ああ、嬢ちゃんありがとよ!」
 作業員二人が礼を言い、怪我をした当人も 「ありがとなぁ」 と笑った。
 は彼らが立ち去るのを見送り、その場にへたり込んでしまった。
 悟空とクリリンが、慌てて駆け寄る。
「で、でえじょうぶか!?」
「悟空……うん、平気。ちょっと、疲れただけで」
「凄いなあ…ちゃん…」
 クリリンが感嘆のため息をつく。
 先に筋斗雲で帰るから、と言ってカメハウスに戻る彼女を見送った悟空は、疑問に思っていた事を、ふと、口にした。
「なあ、クリリン」
「ん? 何だよ」
の体、緑く光ってさぁ……そしたら、あのおっちゃんの傷口、ちょっと塞がってたような気、しねえか?」
 悟空の何気ない言葉に、クリリンが 「は?」 と疑問符を飛ばす。
「緑くってのはよくわからないけど…傷口は、確かに…」
 一瞬だけだったから、確証はない。
 だが、鍛え抜かれた悟空とクリリンの目に狂いがなければ、が抱きしめてから、救急箱で処置する前までには――随分、傷が軽くなっていた――はずなのだ。
 ありえない事だが。
「……気のせいじゃないか?」
「そうかなぁ、オラ、が治したんだと思うんだけどなぁ…」
 悟空の何気ない一言。
 否定できないクリリン。
 だが、当人であるは、何も気づいてはいないのだ。


 気づけるはずも、ないのだが。
 気づけないほど、必死だったのだから。



2003・4・30