悟空とクリリン修行開始




 カメハウスには、もう一人、ランチさんという人がいた。
 くしゃみをすると豹変するらしいが、は変わった彼女を初めて見た時、思わず拍手していた。
 そのリアクションが気に入られたのか何なのか、妙に仲良くなった……のは余談だが。

 ともかく亀仙人の修行は、朝四時半という恐ろしく早い時間から起こされ、始まった。

「おはよーございますぅ…」
 まだ半分眠っている頭を振って無理やり覚醒させ、は悟空、クリリンと共に、カメハウス前に立った。
 ちなみにフトンがたりないため、悟空、、ランチの三人で眠っていたのだが、は悟空のあまりの寝相の悪さにベッドから降りて、床の上でコロンと寝転がって眠っていた。
 修行一日目にして、”どこでも寝れるかもしれない” 事が判明。
 複雑である。

「さて」
 亀仙人が立っている三人を一通り見回してから、口を開く。
「…ん? そういえば…は武術の心得はあるんかの?」
「全く、ぜんっぜん、ありません」
「……まあよい。とりあえず、軽くランニングじゃ」

 朝っぱらからのランニング……。
 悟空やクリリンはともかく、完全に普通人のにはそれだけでも辛い。
 目的地である牛乳配達所前に着く頃には、肩で息をしていた。
 悟空が、頭の後ろで手を組みながら、「、体力ねーなぁ」なんぞと言ってくれる。
「わ、私は……普通人なのよ…っ」
 まあ、普通より体力がないかもしれないのは、認める所であるが。
 亀仙人は動物のような人? と何事か話していたかと思うと、
「悟空、クリリン、この箱を一つずつ持つんじゃ」
 直ぐ近くにある箱を示した。
 動物のような人を見たの感想は、『夢の世界だし』 であっさりとしたものだった事を付け加えておく。
 ともかく、亀仙人が示した箱には、ミルク、と書かれていた。

(……修行って、牛乳配達?)

 が小首をかしげた。
「おっと……その前に」
 亀仙人が、牛乳瓶のつまった箱を持ち上げた悟空に向かった。
 そういえば、牛乳の箱は、二人分しかない……。
 の分が、ないのである。
「悟空、筋斗雲を呼んでやれ」
「へ? うん」
 よくよく分からないまま、彼は言われるままに、筋斗雲を呼んだ。
「筋斗雲ーーー!!!」
 呼ばれて直ぐ、例の、黄色い雲が一直線に悟空の前に飛んできた。
 亀仙人はくるりと振り返り、を見る。
「おぬしには、ちとムリがある修行じゃからの。おぬしは筋斗雲に乗って、付いてくるんじゃ」
「あ、はい」
 一人で乗れるのだろうかという不安もあったが、筋斗雲が 『大丈夫だ』 とでも言うようにピョコンと跳ねたので、意を決し、はよじよじとよじ登った。
 亀仙人はそれを確認すると、一言。
「では、修行開始じゃ」

 早朝の修行。
 朝の修行。

 ……その後も、一日の修行を、一通り筋斗雲に乗ったまま見ていたが、には、完全に ”ムリ” な修行だった。
 基礎体力云々の問題ではない。
 悟空もクリリンも、よくもまあついて行けるものだと、呆れすら起きる。

 一日目の修行が終わり、悟空とクリリンはヘロヘロになり、夕食と風呂の後は殆ど何もせず、がーがー大いびきをかいて眠ってしまった。

 食後のジュースを外の満天の星空の下で飲んでいたに、亀仙人が隣に座りながら、雑談のようにして聞いてくる。
「どうじゃ? ついていけそうかの?」
「ムリです」
 すっぱり、言い切る彼女に、
「そりゃ、そうじゃろう」
 カカカと笑う亀仙人。
「おぬしは何故、修行したいと思ったんじゃ?」
「……亡くなった父が『強くなれ』 って。私がイジメられてたの、知ってたのかなって…」
「ふぅむ…」
 何か思慮深げにする仙人に、は空を仰ぎ見た。
 自分が見ていた 『夢』 が、現実にあるという不思議さはあるが――とても自由な空間な気がして、心地よかった。
 悟空と出逢った事で、父を亡くした悲しみからも脱出できた気もしたし。

 亀仙人は空を仰ぐを見て、タバコを取り出し、スパーッと吸って、吐いた。
「わしゃ、おぬしの父の強くなれというのは、肉体的な強さの事ではないと思うがのぅ」
「え……?」
「ま、明日から、悟空たちとは違う基礎修行をするかの。よいかな?」
「あっ、は、はいっ!」
 そう言うと、亀仙人はまた、スパーッと紫煙を吐いた。

 はジュースを飲みきり、「お先に失礼します」 とお辞儀すると、おやすみなさい、とハウスの中へと入っていった。

 一人残された亀仙人は、ぽわっと煙で空に丸いわっかを作る。

「…なかなか、素質はありそうじゃがなぁ」



2003・4・9