バーダックが無理矢理にを抱いた翌日、彼は惑星奪取の仕事で惑星べジータを出た。 はというと、バーダックの『好きだ』と言う告白に、返事を返せない状況のままだった。 完膚なきまでに無視することは止めていたけれど、今度は顔をあわせると何を言えばいいのか分からなくなってしまって。 だから彼が遠征に出たのは、丁度よかったのかも知れない。 約束を果たす時 「……今、何て言った?」 管制室から入ったという報告を、友人のリィフから聞いたは、自分が空耳を聞いたのではないかと――そう思った。 その報告は、そう思いたいほどにバカバカしくて。 ――信じたくないもので。 リィフは頭を振り、先ほど告げた言葉をもう一度繰り返す。 「バーダックが死んだ、って……」 「何の冗談? そんなの……ありえないよ、あいつが……死んだ?」 バカを言わないでと言うが、リィフは真剣な顔そのもので。 冗談など差し挟むことを許さない雰囲気がそこにある。 「何で……原因は……」 「不明だそうよ。仕事中に何かがあった、っていうことぐらいしか分かっていないようだけど」 「そんな。セリパや……他のみんなは」 「まだ連絡がついていないみたいね」 どっと疲れた足取りで、ゆっくりと自室へ戻る。 今すぐに――先ほど聞いた事を忘れてしまいたかった。 何かの間違いだ。 そう言い聞かせながら、不安は尽きない。 戦闘民族サイヤ人は、惑星侵略の下請けをするがためにあちこちから恨みを買う。 どこで何があってもおかしくない。 それに、同じサイヤ人に問題だってある。 今回バーダックが一緒に行動しているチームは、前情報によると、彼らとは仲が悪い隊らしい。 事故に見せかけて嫌いな奴を殺しにかかる、なんていうことも多々あるらしいと最近知ったものだから、余計な不安まで増徴する。 「……ありえないわよ」 自室に戻り、ベッドに体を横たえる。 そう、ありえない。 あんな無茶苦茶な――人のことなど全く考えないような男が、仕事で死んだりするものか。 第一、仲の悪いチームに攻撃を喰らったとしても、簡単にやられるような男ではない。 他の仲間だっているのだし。 そんなランクの高い星を攻めに行ったのでもないし。 それに。 「……好きだとかって勝手に言って、返事も聞かずに勝手に死ぬような奴じゃない」 必ず自分のものにすると豪語していたバーダックが、の返事を聞かずに倒れるなんてこと、するはずがない。 バーダックの事ばかり考えている自分。 何だか腹立たしくなるけれど、気になるものは――やはり気になる。 「死んだりしない……あいつは絶対に無事だよ……」 自身に言い聞かせるみたいに、呟いた。 バーダックのチームが消息を断ったと聞いてから、1ヶ月が過ぎた。 未だに連絡の1つもなく、管制室からの連絡も付かない状況で、生存の可能性は薄いのではないかという結論に達していた。 上層部は下級戦士の何人かが死んだとしても、別段痛くも痒くもない。 後1週間ほど様子を見て、それで帰ってこなければ次の隊を出すことに決めていた。 以前向かわせたチームがどうなっているかなど、完全に蚊帳の外。 サイヤ人にとって大事なことは、戦うこと、そして仕事をキッチリこなすこと。 その際、誰が死んだとか、誰が怪我をしたとか、そういうことはあまり重要ではない。 知り合いの下級戦士どうしならばともかく、上層部はそういったことに全く関心を持たないものなのだ。 は日に日に気落ちしていく自分を認識していた。 一度バーダックと体を重ねたシルパは、あまり気にしていないのか、ごくごく普通に――仕事したり酒を飲んだりしている。 内面はどうか知らないが、表面上は全くいつもと変わらない。 ……まあ、気にする自分がおかしいのかも知れないけれど。 「……ねえ、最近調子でも悪いの?」 「あたし何か変?」 いつもの酒場でいつもの酒を飲みながら、向かいにいるリィフに問う。 シルパは何やら男性に誘われて、別のテーブルについている。 ……何だか。 「変っていうか……そうね、思考がどこか別のところに行ってる感じかしら」 「……そう? 別に何でもないけど。ごく普通の生活だし」 ――嘘。 本当は夜、バーダックのチームのことが気になって仕方がなくて、こっそり通信網をチェックしていたりするのに。 実に女々しくて情けない。 少し前の自分だったら、ぶん殴って蹴り飛ばしているような気がする。 何食わぬ顔をして酒を口にするをリィフはじっと見つめ――小さなため息をこぼした。 「素直じゃないわね……」 「何のことよ」 「別に何でも」 リィフは聡いから、もしかしたら気づいているのかも。 かといって、こちらから『バーダックたちのことを気にしてる』なんて言うことは絶対にないのだが。 適量の酒を飲み、食事を済ませたは大きくため息をつき、自室への通路をゆっくり歩いていた。 ――確かにリィフが言うように、ここのところ思考が別のところへ行っていた。 バーダックが気になって仕方がない。 腹立たしく思う気持ちよりも、どうなったのか――気になる気持ちの方が大きい。 多分それは、好きだと言われて、何も返事を返せていないからだと思う。 ……好きなのかと問われれば、それは良く分からない。 けれど、バーダックの顔がこの先ずっと見られないというのは……何だか酷く耐え難いことのように思えた。 どんなにこちらが腹を立てているときだって無遠慮に声をかけてきたし、無視していたって顔を見ない日は殆どなかったのに。 いきなりいなくなって、ぽっかり穴が空いたみたいだ。 「……本当に……死んじゃったのかな」 自室のドアを開き、さっさと寝ようと顔を上げた瞬間――は大きく目を見開いて固まった。 ゆっくりと部屋の中へ入り、ドアを閉める。 「……非現実的だけど、一応聞くわ。あんた幽霊?」 「バカなこと言ってやがるな。目の前にいるだろうが」 「触ったら消えたりして」 「なら、触ってみろ」 はそっと彼――バーダックに近寄り、その手に触れた。 ……温かい。 「どうだ?」 「……何が『どうだ』よ。……あんたなんて……最低……!!」 「お、おい?」 がっくりと床に膝をつき、そのまま俯いているを無理矢理抱え上げ、顔を上げさせると―― 「何だ、泣いてるのかよ」 「っ……う、るさい……」 ボロボロと涙を零していた。 当人は止めようと努力しているのだけれど、全く止まる気配がない。 バーダックはふっと笑い、を抱きしめた。 泣きじゃくる彼女の背中を優しく撫でてやる。 「どうしたんだよ。てっきり殴られると思ったぜ」 「っあんたが……死んだって……聞いて……あ、あたし……!」 「悲しんでくれたワケか?」 涙を零しながら、それでもキッと睨みつけるようにバーダックを見やる。 「勝手に好きだとか言って、返事も聞かずに死なれたら後味悪いから……だか、ら……っ……このバカー!」 「おわ!」 急に勢いづいて胸を叩かれ、少しだけ怯むバーダック。 の両腕を掴み、文句をいおうと顔を見て――言葉を失った。 赤くなった頬に、泣きはらした目。 本当に心配してくれていたらしいと感じとった。 腕を離すと、彼女はバーダックの胸に顔を埋め――叫ぶ。 「アンタなんて大ッ嫌い! 生きてるなら何でもっと早く……っ」 バーダックはの頭を優しく撫でながら言う。 「仕方ねえだろ。死んだと思われてたなんて、こっちの方が驚きだぜ」 「……どうなってたの……?」 ぐしぐしと目を擦って涙をふき取り、バーダックを見やる。 彼はぽん、と頭を叩き、そうしてから彼女の肩を抱きしめた。 「通信機が全部やられてな。こっち側とコンタクトが取れなかった。1週間ほど前になってやっと通信機能が回復たんで、帰ってきた」 勿論、仕事はばっちり終わらせたと告げる彼に、剣呑な目線を向ける。 はちょくちょく通信をチェックしていた。 それにも関わらず、バーダックたちの通信回線が開いている所を見つけることはできなかったのに。 彼は笑った。 「お前、普段の俺たちの通信番号で検索したんじゃねえか?」 「……うん」 「今回使ったのは、別の回線だ。不安定すぎて俺らのはダメだったんでな」 納得したの顎を持ち上げ、ひた、とその瞳を見る。 まだ少し潤んでいる彼女の瞳に笑みを浮かべ――そっと口付けた。 ぴくん、と体が動く。 けれど目立った抵抗はない。 ゆっくりと口唇を離すと、は俯いた。 「嫌がらねぇんだな」 「……あんた、あたしのこと好きだって……言ったけど、ホント?」 「冗談だと撤回してやるつもりはねえな」 鼻先で笑い飛ばすバーダック。 は小さく深呼吸をし――俯いたまま、本当に小さな声で言う。 「あたし、あんたなんて……」 「……ったく、面倒くせえな……。前一緒に仕事をしたときの約束を、ここで果たしてもらうぜ」 「?」 以前、惑星ザッパで鬼ごっこに負けたとき、はバーダックに1つ約束をさせられていた。 いう事を1つ聞く、と。 もっと別なことに使おうと思っていたのだが、あまりに彼女が煮え切らないので、バーダックはそれを使うことにしたのだ。 「いいか。『本当の気持ち』を言え」 じっと見つめられ――は震える口唇で言う。 「あたし……あんたのこと……」 その答えを聞いたバーダックはを抱きしめ、激しく口唇を求めた。 少しだけ抵抗したけれど、本格的には嫌がっていない彼女に薄い笑みを浮かべ、彼はをかき抱いた。 翌日から、いつも以上にの側にバーダックがいる姿が見られたという。 なんだかダラダラと続けてしまいましたが…これにてバーダック終了となります。 お付き合い下さってありがとうございました! 2008・10・14 |