強靭な体躯に腕が回る。
 色欲の浮かんだ表情に、後悔や戸惑いは全く存在しない。
 弾む息に揺れ動く影。
 しなる体身体のラインに指を這わせ、互いに高みへと昇っていく。
 己の名を呼ぶ声は真に望むそれではないが、そんなことは大した問題ではない。
 幾度も繰り返してきた行為は本能なのだから。



どうでもいい



 は友人を探していた。
 管理から伝言を頼まれたからというのが理由だった。
 彼女の友、シルパとリィフに任務指令が下りたのだ。
 かなり急に決まったもので、丁度管制室に来ていたに伝言がまわった。
 バーダックにも仕事の伝言があってそれも頼まれたのだ。
 が嫌がったにも関わらず、
「バーダックの女だろ」
 と言われて無理矢理頼まれた。
 噂の効果はまだ顕在だ。
 シルパ、リィフ両名の出発は明朝。
 リィフには既に伝えてあるのだが、もう1人のシルパが見つからない。
 彼女の部屋にはいなかったし、トレーニングルームにもいなかった。
 酒場にもいないし、彼女はほとんど行かないカフェにも寄ってみたが、やはりいない。
 そうなると、どこへ行ったかはっきり言って分からない。
 あちこち探し回ってみたが、影も形もない。
 周囲評価によるところの『男好き』である彼女。
 ここまで見つからないとなると、誰か男性の部屋に入り込んでいる可能性が高い。
 さすがにそうなってしまうと、には探す方法がない――というか、探したくない。
 まさか1人1人、シルパと付き合いのある男の部屋を、探し回るわけにはいかないし。何しろ人数が多い。
 行き違いになる可能性もあるから、だったら酒場で待っているのが得策といえよう。

 そんなわけで住居区通路を歩き、酒場に向かっていたは、ふと思い出した。
 ――この階をまっすぐ行くと、バーダックの部屋だ。
「……ま、仕事の話だし、しょうがないよね」
 1人で勝手に納得し、バーダックの部屋へと向かう。
 最近、彼が前ほど嫌いでもなくなってきた。
 妹の件の誤解が解けたことや、自分の子供みたいなケンカに付き合ってくれる、ということが挙げられるかも知れない。
 ――いや、彼の方が子供っぽいか。
 どうでもいいことを考えながら、彼の部屋の扉をノックしようとした体制で、固まった。
 いきなりドアが開いたからが、理由その1。
 そして――もう1つの理由は。

「……シ、シルパ?」
 は1歩、2歩、扉から下がる。
 部屋主であるバーダックは上半身裸で、シルパの後ろに立っていた。
 何だか、不思議なものを見るような目で2人を見やる
 シルパは、全くいつもと変わらぬ調子でに話しかけた。
「やだ、どうしたの。バーダックに用事?」
「……いや、あんたたちに用事」
 驚いているはずなのに、妙に淡々とした口調。
 とりあえあず、頭は働いているみたいだと自分で驚いた。
「シルパ。明朝、リィフと一緒に仕事。それと」
 名前を口にしようとして、咽喉がカラカラになっているのに気が付く。
 変なの。
 後でお茶か水飲まないと。
「バーダックは今夜、次のミッションについてのチームの割り当てをするから、第3セクションのBに集まれって」
「分かった」
 彼の声を耳した瞬間、腹の底から不快感が上がってきた。
 何が不快なのか分からない。
 ――いや、多分、分かっているのだ。
 分かっている自分に、蓋をしているだけで。
 何事もないみたいに2人に笑いかけると、は彼らに背を向けた。
「それじゃ、伝えたから」
 そのまま振り向かずに歩いていく。
 バーダックに声をかけられたが、完全に無視した。



 酒場へ向かう通路を歩きながら、は唇を噛み締めていた。
 ――上気した頬。
 奇妙なまでの熱気。
 裸の男に、出てきた女。
 何をしていたか分からないほどは子供ではないし、鈍くもない。
 腹立たしい。
 自分を、『俺の女にする』と言った男が、何の躊躇もなく別の女に手を出す。
 冗談ではない。
 そんなに軽い女に見えるのか。
 は眉根を寄せ、怒りに満ちた表情で歩みを進めていった。



「でねぇ、バーダックってば……」
 遅れてやって来たシルパは、酒場でとリィフを見るなり、バーダックとの話を延々と口にしだした。
 いつもは大量に飲む酒も、今日は控えめ。
 飲むより、喋る口の方が多いみたいだ。
 腹の底に、バーダックへの怒りを抱えている
 それに気づいているかいないか知らないが、シルパは実によく喋った。
 彼女はに向かって笑む。
はバーダック好きじゃないんでしょ? 私、前から好きだったし。私のこと抱いたから、あんたには手を出さなくなるんじゃない?」
「どうでもいいわよ」
 怒りを閉じ込めているせいか、別に責め口調にしたくはないのに、どことなくキツめの口調になってしまう。
 しかしシルパは気にしない。
「でも、ホント良かったんだよぉ? やっぱりモノにしないとね」
 今までもくもくと話を聞いていたリィフが、を見やった。
 何となく居心地が悪くなって、すっと立ち上がる。
「あたし、今日は部屋戻るわ。あんたら明日任務なんだから、飲みすぎないようにね」
 気分でも悪いのかと問うシルパに、違う、と首を横に振る。
 それから何も言わないで酒場を出た。



 部屋に戻ろうと通路を歩いているとき、逆側からセリパが歩いてきた。
 酒場へ行こうとしているのだろうか。
 が声をかける前に、彼女の方が声をかけてきた。
「ああ。もう飲み終わったのかい?」
「あー、ううん。ちょっと色々思うところあって。部屋に戻ろうかと」
「嫌なことでもあったかい」
「……嫌なというか、腹立たしいというか」
 素直に言うに、セリパは小さく笑った。
「なあ、アンタがよければ、アンタの部屋で一杯やらないか?」

 セリパの言葉を受け入れ、は彼女を自室へ案内した。
 普段あまり人を入れない部屋だが、別に激しく汚れているというのでもないから、問題ない。
 まあ、セリパは男メンツのチームにいるから、汚れていようが気にしなかろうが。
 2人してベッドに腰かけ、缶に入った酒を煽る。
 セリパは3本目のタブを引きながら、に問う。
「で、どうしたんだ?」
「アンタんとこのバーダックとかいう男。ほんっとに女タラシなんだね」
「?」
「うちの友達のシルパとシたみたいだよ」
 口にするだけで、怒りが込上げてくる。
 その表情の変化を見て、セリパが小さく笑った。
「あいつはそういうの、大したことないっていう感じだからね」
「……だろうね」
「何が腹立つんだ? 自分以外を抱いたこと?」
 すっぱり言われて戸惑う。
 この怒りは、嫉妬に起因するものなのだろうか。
 ――いや、違う。
 多分、本当に、純粋に怒りなのだ。
 自分を落とすと言った男が、簡単に別の女を手にかける。
 己がバーダックに戸惑ったり困ったりした時間が、全て彼の楽しみのために存在していたかと思うと、とても苛立たしい。
 結局、好きじゃないと口にしながら、彼に友としての好意を持っていたのだろう。
 だから――何となく、裏切られた気分を感じているのではないだろうか。
 男として好きだなんて、そんなことありえない。
 考えられない。
 何より腹立たしいのは、彼の行為で自分の気持ちが、明らかに揺らいでいることだ。
 それを自覚しているから、腹が立つ。
 自覚しながら、認めない。
 それを認めることは、ある意味では驚異的なまでの苦痛だからだ。
 はセリパを見ずに吐き捨てた。
「あんなの、どうだっていい」
 どうでもいいと自分を誤魔化さなければ、何か踏み込んではいけない領域に足を突っ込みそうだった。
 しかし腹立ちは全くおさまらない。
「今後一切、触れて欲しくもないわ。タッチ1つだってゴメンよ」
 本気の表情で言うに、横にいたセリパが言葉を吐く。
「アンタ、ちょっと素直になったら?」
「あたしは充分素直だけど」
「……持って行かれてからじゃあ遅いんだぞ?」
 は目線を床に落とした。
 目を閉じてきつく眉根を寄せる。
「バーダックは私に何も期待してない。だから誰だって抱けるんだよ」
 瞼を開き、セリパを真っ直ぐ見る。
 彼女は心配してくれているのだとよく分かった。
 けれどは言葉を口にする。


「アイツは本気であたしのことなんて想っちゃいない。楽しめる女なら誰でもいいのよ」



…久しぶりすぎて何が何やら。しかも微エロっちーですね、最初…ヒロインが相手じゃないくせに。
あと2話ぐらいでおしまいです。

2007・5・11
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