約束 はバーダックの部屋の扉を勢いよく叩く。 中にいることは、セリパにも、途中で会ったトーマにも確認して分かっていた。 どうしても、どうしても聞きたいことがある。 嫌っている相手の部屋に自ら乗り込むなど、はっきり言って楽しいことではないが、それでもは確認する必要があったのだ。 今しがたセリパから聞いた言葉が、本当か、否か。 「……珍しい客だな」 扉を開いて目の前にいる人物――――を見たバーダックは、いつもの如く口の端を少し上げて、皮肉気な笑みを浮かべる。 しかしはそんなこと全く気にせず、バーダックをヒタ、と見据えた。 いつもの嫌いオーラの出ていない彼女に、何だか奇妙な感じを受けているバーダックだったが、気にかけている女が自室に来たことを拒むような性格でもない。 「中へ入れよ」 「……ここでいい」 「別に何もしやしねえが?」 は一瞬考えを巡らせ――首を横に振った。 聞きたいことがあるとはいえ、嫌いな男の部屋に――しかもちょっと前に仕事先で襲われかけたような男の部屋に入るなど、とてもじゃないができない。 「ここでいい。聞きたいことがあるだけだから」 「……ふぅん」 右足を軸にして足を交差させ、扉の縁に寄りかかる。 見られることには慣れているはずなのに、バーダックの部屋が後ろにあるというだけで、何だか変に緊張する自分を認識する。 飄々としているバーダックの顔を睨みつけ、意地でも聞きたいことを聞きだすつもりで言う。 「……アンタ、私の妹を痛めつけてもいないし、見殺しにしてもいないんだって?」 「誰から聞いた」 「セリパ」 その名を聞いて、バーダックは舌打ちした。 「余計なことを。……で?」 「でって……それはホントなワケ?」 「知りたいか」 知りたいから聞いているのだと突っかかるに、彼はにやついた笑いを浮かべて、部屋の中へと入っていく。 どうしたものかと入り口でまごついていると、バーダックはベッドにどっかと腰を下ろした。 「……入って来いよ」 「じょ、冗談じゃないわ」 「この間みたいにいきなり襲ったりしないと言っただろう。それとも俺の話はいらねえのか」 言われ、ぐっと詰まる。 今、自分が立っている廊下とバーダックの部屋には、物凄い隔たりがある気がしてならない。 挑発染みた視線に対抗して、部屋に入ろうものならどうなることか。 力では到底敵わないことを知っている。 いや、戦闘力の面からみれば、どう考えてもが敵う相手ではない。 何かいい方法はないかと施行を巡らせるが――妙案など簡単に思いつくものではないし、第一相手はあのバーダックだ。 適当な言葉では、あっさりと切り返されるのがオチ。 彼は扉を開いた状態にしたまま、の決断を待っている。 ここで彼女が帰ってしまっても、別に彼としては問題がないのだ。 は俯いて考え――意を決して足を踏み出す。 バーダックは彼女が部屋の中に入ると、扉を閉めてロックをかけた。 「何でロックまでする必要があんのよ」 「部外者が入ってきて、話を中断させられたいのか」 「……分かった」 言いくるめられたような気がしないでもないが、は扉に背を預けてバーダックを見る。 彼はベッドの縁に腰かけ、真面目な表情でを見ていた。 いつもと少し違う雰囲気のバーダックに、ちょっと戸惑いながらも再度質問する。 「で、本当なの?」 「お前の妹か。――どうしても聞きたいか?」 「当たり前でしょ!」 ムッとした顔になるに、彼は軽く手を振った。 「そうか。言うなって約束だったんだが……それでも聞くのか」 「……妹と、約束を?」 ちょっと驚いた。 バーダックと妹が何かしらの約束をしているなどと、夢にも思わなかったから。 「まあ、お前が聞きたいというなら俺は構わんが。どうする」 「聞く」 即答した。 「俺はお前の妹、それから他2人ほどと仕事に出た。ちょっとレベルの高い星でな、下級戦士ばかりだったから苦戦した。それでも満月のある星だったから、夜にさえなれば問題もない星だったんだ」 言いながらバーダックはを見つめている。 彼女の一挙一動すら見逃さないというような雰囲気で。 もまた、彼の動作を見逃さないようにしていた。 本当なのか嘘なのか、態度でわかると思ったからだ。 「だが大半を制圧した頃、俺たちのグループの中で仲たがいが起きた」 「仲たがい?」 「俺やトーマたちのようなきちんと決まったチームではなく、寄せ集めのグループの場合はそれ相応に問題も起きてくる。仲間内の不和というのもその1つだ」 大抵の場合は組まれたチーム――要は仲間――で星を攻めるのだが、都合が付かない場合やレベルを考慮した際に、グループ行動というものが出てくる。 のようにあちこちに引っ張られ、臨時でチームに入る場合は少し違うが、グループは癖も何もてんでバラバラな行動を起こしたりする。 なるべくチームで動くのはそのためだ。 グループでは成功率が低くなるだけではなく、互いへの対抗意識で星へのダメージが大きすぎる場合もある。 そうならないために、滅多にグループは組まない。 だが、そういえば妹が最後に出た遠征はグループでの行動だったとは思い出した。 バーダックは話を続ける。 「他の2人の男は、どうも俺が気に入らなかったらしくてな。俺を殺そうとしやがったんだ」 「事故に見せかけて……とか?」 「まあ、そんなところだ。それで……手痛い攻撃を受けた。やたらとでかいエネルギー波を喰らいそうになった時に……お前の妹が俺を庇った」 男2人は、バーダックではない者を撃ってしまったためか、それ以後の攻撃を中止した。 もしかしたら、の妹を想っていたから、言い寄られていたバーダックが、気に入らなかったのかも知れない。 当人たちにしか分からないことだが。 妹は苦しい息の下から、バーダックに言ったのだという。 「姉を、お願い」 と。 自分はここで死んでしまうだろうから、頼むと。 姉は意地っ張りで、でも優しくて。 姉が自分を盛ってくれていたように、自分も姉が好きだったから。 だから、お願い――そうバーダックに告げた。 彼はそれを了解した。 巻き込んでしまったということが、彼に了解をさせた。 いつもの彼なら突き放していたかも知れない。 けれど死ぬ間際の必死な瞳を振り切ることは、なぜかできなかった。 「分かった。俺のできる範疇でなら、見ててやる」 バーダックの言葉を受け、の妹は命を消した。 攻撃をした2人の男はその様子を見ていた。 任務完了と共に惑星べジータへ戻った後、その2人があらぬ噂をまわしたのだろう。 バーダックは女――の妹を痛めつけ、辱め、挙句、見殺しにしたのだと。 はそれを聞かされてバーダックを憎んだ。 噂を回し、自分にその虚言を吹き込んだ者を疑いもせずに。 「そう、だったんだ……」 俯いて床の一点を見つめる。 自分が今までバーダックを怨んでいたことは、もしかして妹に物凄く申し訳ない行為だったのではないかと思う。 しかし、と顔を上げて彼を見た。 「だったら何で、あたしがしつこく問い詰めた時に言わなかったのよ」 「言っただろう。秘密にしておいてくれと言われたんだよ、お前の妹に」 「……何でよ」 これは憶測だが、とバーダックはに方に歩み寄って間近で顔を見る。 「俺とお前がどうにかなるんじゃないかと思って、言ったんじゃねえか?」 嫉妬からそういうことを言ったとは、には思えない。 妹はしょっちゅう、 『彼はカッコイイけど、姉さんはダメだよ。あの人結構あちこちに手を出すから、泣かされる。姉さん向きじゃないんだからね』 そう言っていた。 正しい目測だと思う。 いつの間にかくっつかんばかりに近寄っていたバーダック。 慌てて彼の胸を押した。 「も、もう分かった。アンタが悪かったわけじゃない。ごめん。もう出るから」 「……なあ」 「?」 の顔の間に手をつき、顔を近づけた。 黒い瞳が互いを映している。 「誤解は解けたな?」 「ま、まあ……でもアンタが好きじゃないのは一緒」 「それでもいいさ。……俺は決めた」 何をだと睨みつける。 虚勢でもいいから強がっていないと、何かがポッキリと折れてしまいそうだと思った。 バーダックはその視線すら絡めとって、じっくりと彼女を見ている。 「。お前を俺の女にする」 「じょ、冗談じゃない!! 誰がそんな――」 「嫌だと言っても無駄だぞ。絶対に惚れさせてやる」 「――っ!」 暴れるの腕を片手でくくり、無防備になった口唇を奪う。 熱い口唇と混乱とで頭が一杯になり、彼の胸を叩こうとした手が力を失くす。 口唇を舌でなぞられ、体が震えた。 「い、いやっ……!」 震える手がバーダックの胸を頼りなく押す。 彼はもう一度濃厚なキスをすると、素直に離れた。 ぺろりと舌を出し、己の口唇を舐める彼は妙に妖艶で、は知らず顔をほんの少しだけ染めていた。 「決めたからな」 「……ふんっ!」 震える体を無理矢理止め、未だに自分の間近にいる彼を力一杯突き飛ばす。 勝手にロックを解除して部屋を出た。 「アンタなんてダイッキライだ!」 しゅん、と扉が閉まる。 中に残されたバーダックはベッドに寝転び、小さく笑った。 妹に任せたといわれたから、をそれとなく見守っていた。 けれど――こんなにハマってしまうなんて。 高まる気持ちに歯止めは利かないらしい。 あの体を誰かに渡すなんて冗談ではない。 「絶対に惚れさせてやるぞ、」 じんわりのんびりゆーっくり進んでます親父さま。 2005・8・13 戻 |