その願いを込めた声を忘れることなく、バーダックは今を生きていた。
 何故その願いを違えられないと思ったかは、自分自身できちんと理解している。
 命を救われたからじゃない。
 頼まれた事柄を違えられないほど、のめり込んでいるからだ。
 そうでなければ、誰が面倒なことを引き受けるものか。
 自室のベッドに寝転がり、バーダックは瞳を閉じた。
「……チッ、俺もヤキがまわったもんだぜ」


「ああ、じゃないか」
 廊下で声を掛けられ振り向くと、そこにはバーダックの仲間であるセリパがいた。
 は片手を上げて挨拶となす。
「どうしたんだい? トレーニングか?」
「今しがた終わったとこ。セリパは?」
「アタイはこれから一杯……っても酒じゃないけどさ。アンタも行く?」
 申し出は嬉しいのだが……と、セリパをちらりと見る。
 その視線の意味を悟ったか、彼女は軽く手を振った。
「大丈夫さ。バーダックは今自室にこもってるから来ることはないよ。ゆっくりコーヒー飲みながら話でもしようじゃない」
 バーダックがいないのなら、とは頷いた。
 あの男は好きではないが、その仲間のセリパやトーマは嫌いではない。
 どちらかと言えば、好きな方だ。


 酒場は昼夜問わずにぎわっているが、今とセリパがいるカフェなどは、男の姿はあまり見えない。
 酒よりコーヒーという奴は少ないし、甘いものが好きな男のサイヤ人というのは、かなり珍しいタイプ。
 ムードを盛り上げようというようなカップルは、こういう場所にはあまり来ない。
 人にもよるが。
 シンプルなデザインのこの場所は、女性がおしゃべりしながら甘いものを摘まみつつコーヒーを飲む、といったものがメイン。
 まがり間違ってもバーダックのような男には縁のない世界に思われる。
 酒も大量の食事も出てこないし。
 男にはあまり楽しい場所とはいえない。
 とセリパは窓際の席に座って、コーヒーを飲んでいた。

「アンタ、次に行く惑星とかって決まってんの?」
 セリパの問いには首を横に振った。
「今のところは出撃予定なし。まあ、もしかしたらピンチヒッターでどっかのチームに入るかも知れないけどさ。セリパは?」
「アタイたちも今のところは」
 ふぅんと頷き、コーヒーを口にする。
 何の気もなしには窓の外を見た。
 どこかの星に向かう宇宙船が3つ、空気を引き裂きながら飛んでいく。
 長距離を飛ぶ場合は眠っていないとかなり辛い。
 実際は長距離移動が好きではなかった。
 めちゃくちゃ暇なのだ。下手をすれば体がなまるし。
 ずっと座っているからといって、腰が痛くなるような鍛え方はしていないが。
 サイヤ人には、大型宇宙船などというものは与えられていない。
 そんなとんでもない人数で向かわねばならないような場所には、命令が下りない。
 大体、フリーザ直下の強力な力を持つ者たちが向かうのだ。
 死にかければ強くなり、満月があれば大猿になるサイヤ人とはいえ、行き過ぎれば当然死ぬし、満月がなければ大猿にはなれないのだ。
 ある程度人口がおり、レベルの高い者たちの詰まった星にはチームで向かう。
 弱くて脅威となるような敵がいない星には、赤子をそのまま送る。
 親殺しさえ厭わないサイヤ人だからこそ、やることだ。
 しかし、は赤子を送り出すというのには賛成ではなかった。
 きちんと訓練して育てれば、もっと強くなるかも知れない存在をそのまま放置しておくというのはどうなのだろう。
 これが彼女が一部に甘いと称されるゆえんなのだが。
「……ねえセリパ。ちょっと聞きたいんだけどさ」
「あん?」
 はちょっと言おうかどうか考え、でも結局聞くことにした。
 バーダックがいなくて、彼女とゆっくり話をできる状況など、
 次はいつ来るか分からないから。
「バーダックってさ、人気あるわけ?」
「……何でそう思う?」
「ウチのシルパとリィフ。特にシルパがなんだけど、バーダックを凄くカッコイイ奴だって言うんだよね」
「うーん」
 セリパはサンドイッチを2人分頼むと、に向き直った。
「アタイはアイツとチームだからよく分かんないんだけどさ、確かに人気あるみたいだよ。一部ではかなり熱狂的なファンがいるとかで」
「げ。何がいいのかサッパリ分かんない!!」
 暴言とも言えるような言葉を吐き、顔を歪める彼女にセリパは笑った。
「アンタ本当にアイツがキライなんだねぇ。女ったらしだからかい?」
「……別に女ったらしだからキライってんじゃないよ」
「? じゃあ何で」
 セリパが問う。
 言っていいものだろうかと悩む
 しかし――もしかしたら、セリパが妹の何かを知っているかもしれない。
 バーダックから小耳に挟む程度はしているかも知れないという期待に負け、口を開いた。

「あたしには妹がいた。2年前、作戦実行中に死んだんだけどさ」
 マスターがサンドイッチを持ってくる。
 セリパももそれを口にしなかった。
 話が終わってから食べようという、暗黙の了解がそこにある。
 は冷めてしまっているコーヒーカップを手で包み込みながら、話を進めた。
「妹はバーダックが物凄く好きだった。一緒に仕事行ったりすると凄く喜んだ」
「そう言えば、一時期バーダックの周りにいた女がいたな」
 セリパの言っている女は、そのものずばりの妹だった。
 あの戦闘狂バーダックに引っ付いてる女として、一時有名だったのだ。
「それなのに、あの男……妹をいたぶった挙句、任務の最中に致命傷を負ったからって見殺しにした」
「……ちょっと待ちなよ」
 静かなセリパの声に、が顔を上げる。
「それって、誰から聞いたのさ」
「……誰って。バーダックと一緒にその任務についてた奴らだけど」
「じゃあ、アンタ自身が見たワケじゃない。そうだね?」
こ くんと頷く。
 彼女の言いたいところが分からないは、不思議そうにセリパを見た。
「なるほど。……じゃあアタイがアンタの誤解を解いてやろうか」
「誤解?」
 眉根を寄せる
 セリパはカップに残ったコーヒーを飲み干すと、口を開く。


「バーダックは、アンタの妹をいたぶっても、見殺しにしてもいないよ」





前回の更新日時を見てあわてて更新。久しぶりなのにバダさん殆ど出てきてない…;
じ、次回は出てきますからっ。
2005・7・13