互国響動 47 ―紋章の世界―


 トランへ戻り、はすぐシーナと謁見をした。
 頼まれた仕事をこなしたという報告と、頼みごとのために。
 の頼みは、『人や物が消失したという噂がないか、また、近辺でおかしな現象が起こっていないか、調べて欲しい』というものだ。
 もちろん、それに至るまでの詳しい話も伝えた。
 シーナは難しい顔をしながらも、本来の『王』とも呼べるの要望を存外あっさりと了解した。
 報告はデュナンに入れる、ということで会談は終了。
 が家に腰を落ち着けたのは、夕方も過ぎた頃だった。


 夕食後、ユーリやコンラッドのことはに任せ、はルックを自室へと呼んだ。
 厄介ごとの気配を感じたらしいルックは、途端に面倒くさそうな顔をしたが、はそんな態度に慣れたもので。
 レックナートから聞いた話を簡潔に伝えた。
 自宅に帰ってきてからに聞かされた、『テッドと話をした』ということも含めて。
「相変わらずあの人は秘密主義だな……最初から僕を使うつもりだったのか」
 苛立たしげに眉を寄せるルック。
 は椅子に腰をおろし、足を組んだ。
「先の戦争のことを考えれば、少しくらいの不公平さは我慢すべきだろう? 君のせいで、レックナート様も心痛ばかりだっただろうからね」
「……君って本当に性格悪いよ」
「お互い様だろう。――それより、実際どうなんだ?」
 向かいに腰を下ろしているルックを、はじっと見つめた。
 美少年としか言いようのない面が、難しい表情を作る。
 レックナートは、やテッドの魂が眞魔国へ行くより前に、既に『何か』が移動してると考えていた。
 も今はそう思っている。
 確証じみた何かがあるわけではないが。
「オレはハルモニアに何か関係があると思ってるんだが。一時はハルモニアの神官将だったルックの意見は?」
 ルックはため息をつく。
「さぁね。あの時僕は、自分の目的にしか頭を働かせていなかったし……。正直、外部のことはよく知らない」
 ハルモニアの首都であるクリスタルバレーの内部を、ルックはよく知らなかった。
 神官将という立場上、あちこち出入りを許されてはいたものの、率先して出歩きはしなかった。
 ハルモニアは気軽に立ち寄れる場所ではないため、も、首都の中枢にまで足を運んだことはない。
 ルックは腕組みをし、軽く頭を振った。
「ただ、いくらハルモニアでも、異世界に手を出すっていうのは、余り現実的ではない……ね」
「現実的でなくとも、あれこれとやらかすのがあの国だろう」
 違いないと、ルックは背もたれに思い切り体重を預けた。
 は指先で軽くテーブルを叩く。
「そもそも、真の紋章を持たない普通の人間が、異世界に飛ぶなんてことができるのか?」
「――魔力値の恐ろしく高い輩なら、可能性はゼロじゃないだろうね。ただ、普通は互いの均衡を守ろうという縛りがある。こちらでの竜の稀少さから見ても分かるだろう?」
「確かにな……」
 の世界には、眞魔国と同じように竜がいる。
 彼らは異世界からやって来た種だ。竜洞と呼ばれる竜騎士団の領地で、竜騎士たちと共に暮らしている。
「物が移動したという可能性はあるか?」
 の質問に、ルックは首を振る。
「移動できそうな『物』は真の紋章だけど、あれはこちらの世界の大元だ。移動なんて考えられない」
 ルックの言に、も同意する。
 こちらの世界は、27の真の紋章が作り上げたとされている。
 だからこそ真の紋章を持つやルックは、強烈な力を持っているのだ。
 人間兵器といわれる程の力を。
「じゃあ、やはり『人』だろうな。全く当てがないが」
「ハルモニアには強力な紋章術師が大勢いると同時に、多くの研究がなされている。異界への扉を開くための研究者がいたとしても、僕は驚かないね」
 はため息をついて立ち上がり、窓辺からグレッグミンスターの町並みを見つめた。
 夜も更けてきて、貴族たちが住む界隈はあまりひと気がないが、その下の商業地区はまだまだ賑わっているようだ。
 国が平穏な証拠だと微かに微笑んだ。
 ルックに背中を向けたまま、は話を続ける。
「人物が移動したのなら、行方不明者として扱われているかも知れない。とシーナに協力してもらって、あちこちの国に話を聞いてみてもらう」
「ま、その方がいいだろうね。……どうも距離が近づいている気がするから」
「……そうだな」
 テッドの魂、そして
 やルックは自分意志なのでともかくとして、テレポーターのビッキーの失敗で、意図せずまでもが眞魔国へと移動できている。
 その上、あちらの世界から流れ込んで来ているらしい、妙な力。
 世界間の距離が縮まり、互いの均衡が崩れて、お互いに干渉し始めている気がしてならない。
 嫌な予感がした。
 しん、と静まりかえる室内に、ルックのため息が響く。
「とにかく。の身辺には気をつけておかないとね」
「テッドの話では、眞王は彼女を何かに利用しようとしてる、って話だしな……」
 が誰かを好きになっても、自分たちから離れていくとは、もルックも思っていない。
 相手の男にとっては苦々しい限りだろうが、彼女が誰と付き合っても、自分たちの立ち位置は変わらないだろう。
 世界が破滅しても、恐らく自分たちはと共にあるだろうから。
 眞王が何を考えていようと、とルックのすべきことは今までと同じだ。
「あちらの世界でも情報収集が必要だな……」
 は深々とため息をつく。
 眞王をぶっ飛ばせるのなら、そうしたい気分だった。


2012・6・30
自分で目を疑う更新空きぶり。