互国響動 42 ―紋章の世界― 長身の、それも1人は何が不満なのか常に眉間を寄せている客人で、もう1人は気難しげな表情の、自分にも他人にも厳しいこの国の参謀という2人組みが歩いていたら、人は何事かと思うに違いない。 周囲の感想はともかく、それら2人、グウェンダルとシュウは、並んで城内を歩いていた。 2人が並んで歩くと妙な威圧感がある。 振りまいている当人たちは、全く気にしていない――または気付いていないが。 グウェンダルはこちらの世界を知るにあたって、自分と似た感じのある男――シュウに、声をかけた。 彼はデュナン国の参謀。 国政についてよく知っている筈だと。 折角の異界なのだから、学べるものがあるのなら、学んで帰りたいというのが、グウェンダルの気持ちだった。 これが忙しい時期であったなら、シュウにしても説明などしていられなかっただろうが。 書類を片手に、廊下を行くシュウの横を歩いて付いてきながら、グウェンダルは窓の外を見た。 庭園を、少年が手入れしている。 少々複雑なデュナンの城の中を移動し、シュウの執務室に着いた。 近場に兵士がおり、彼らに向かって一例する。 シュウは片手を上げて、部屋に入った。 彼は、書類の束を執務机に置く。 「グウェンダル殿、お茶はいかがですか」 「……ああ、頂こう」 先ほどの兵士に声をかけ、茶の準備をしてもらう。 「少しお待ちを」 「兵士が茶を淹れるのか?」 「彼も勿論、茶ぐらい淹れられますが、侍女が淹れますよ」 言うとおり、直ぐに侍女がお茶を淹れて持ってきた。 グウェンダルには紅茶。 シュウには緑茶だ。 互いにそれを口にする。シュウは軽く息を吐いた。 「さて。我々の国について知りたいということですが……」 「簡潔で構わない」 「そうですね……。デュナンは元々は都市同盟という、それぞれが自主権を持つ、独立した市でできていました。今はそれらを統合し、デュナン国としています」 「その当時の領主は?」 「領主と言うか、市長ですね。戦争で亡くなられた方以外はまだ健在ですから、それぞれの市を総括してもらっています。あくまで統治の権限を与えられているに過ぎませんが」 グウェンダルは頷く。 「そうか。市長たちはに忠誠を誓っているのだな」 忠誠という言葉に、シュウは苦笑した。 「殿は『戦友だ』と、忠誠は求めませんけれどね。実際は忠誠ですよ」 バラバラになった都市同盟をまた1つに固め、デュナンという王国を作ったに、誰ともなく忠誠心を持ってるのだそうだ。 眞王が創主たちを倒し、その後に王になったのと似ていると、グウェンダルは思う。 歴史を作る人間というのは、そういう波の中に生きているのかも知れない。 「あの王が、全てをこなしているのか? 各統治者は何をする」 出てくる時に見た、が処理すべき多くの書類を思い出す。 机の半分は埋まろうかという、うず高く詰まれた紙に、国王は次々に目を通していたが。 「市長は貴方がたで言うところの領主でしょうか。政策案など希望を書面に纏めて、殿がそれを汲み上げます」 「ふむ」 「彼らは市の実権を持ってはいますが、市制を大きく揺るがすようなものには王の許可が必要です」 市以下の村や集落などの要望や情報も、近場の市に集められてから国主に流れる。 市の状態については定期報告を受けるが、早急に処理すべき事柄があれば、すぐさま王都に伝令が飛ぶようになっている。 グウェンダルは難しい顔で頷いた。 「国政全てを殿1人では当然網羅できませんから、専属がおります。わたしが確認してから、無論、殿も目を通します。基本的には、そちらの国と同じだと思いますが――」 額に手をやり、シュウが長い息を吐いた。 「あの王は、折を見つけては国を回って歩き、問題箇所をその場で解決したりしますからね。……わたしとしては、もう少し王座に座っていて欲しい所です」 「ユーリに似ているな」 自分で何かを解決しようと、半ば考えなしに動くところは似ている。 どちらも貴族出ではないからかも知れない。 もまた、ユーリのように贅沢を好まないようだし。 「国防費などはあるのか」 「勿論ですよ。戦争がなくとも魔物が居ますから、民を護るためには必要です。そうでなくとも真の紋章を持つ者が王の名を冠するのは、色々と余計な厄介ごとを招くものですから。警戒しておいて損はない」 シュウはカップの中に入った液体を飲み干し、言葉を続ける。 「部隊は大まかに、歩兵隊、弓隊、紋章師隊の3つに分かれて活動しています」 「紋章師とやらは、そんなに人数があるのか?」 「他と比べれば、絶対数は多くありません。何しろ、紋章で戦い続けるには高度な魔力と、才覚が入り用ですから」 グウェンダルが頷くと同時に、背後で誰かが扉を叩いた。 入出許可を与えると、兵士が一歩、部屋に入ってきた。 「用件は」 「は! ウェル様が小会議室でお待ちです!」 「……ああ、報告か。分かった。直ぐに行く」 兵士は一礼し、部屋を出て行った。 「すまないグウェンダル殿」 「こちらこそ失礼した」 ぴっと礼をし、グウェンダルはシュウの執務室を出た。 その足で、の執務室へと向かった。 彼の部屋に入った時、は真剣な顔で書面を見続けていた。 見目はユーリよりも少し上程度に思える。 笑えば少年らしいあどけなさの残る顔だが、今その表情は全くない。 あるのは、一国を背負う男の顔だ。 「……どうしたんですか? ボクの顔見て」 「む、失礼。……お前は良い王らしいな」 「まだまだ未熟者でしかないですよ。あ、どうぞ座ってください」 勧められ、グウェンダルはの執務机から少し離れた場所に座った。 少年王の手は、グウェンダルが執務をこなすそれと同等の速さかそれ以上で動いている。 「お前の王佐、いや参謀は、頭の切れる男のようだ」 「シュウは軍師だったんですよ。彼は戦争が終わって、ボクを王にして、自分は交易商に――最初の職業に戻るつもりだったみたいですが」 はニッと笑う。 「ボクに王を押し付けて、自分は無関係だなんて冗談じゃない。ボクが王になる代わりに、参謀になれって言ったんです」 でなければ王など放り出してやると脅すと、彼はしぶしぶ引き受けた。 見た目は普通の少年だが、やはり戦争を抜けてきただけあっても癖があると、グウェンダルは唸った。 「ところで、こちらは世襲なのか」 「デュナンに関して言えば……ボクは……そちらの国で言う所の『初代眞王』ですし。世襲かどうかを決めるのはボクだけど、たぶんそれはないです」 結婚する気は更々ないのだと、は笑った。 グウェンダルは理由を問うことはしなかった。 にも、思うところがあるのだろうから。 「との国は」 「トランは、世襲制ですよ。先は分かりませんが」 は手を止め、息をつく。 どうしたと視線で問えば、彼は苦笑した。 「デュナンでの問題は、ボクが不老だというところかな。極論でいえば、ボクが延々と国を治められる。継承が必要ないんです」 「……そうか……そうだな。だがそれは実際どうなんだ?」 彼らは不老であって、不死ではない。 不吉な話だが、誰かに暗殺される可能性もある。 に頼り切っていると、そこが切り崩された時、どうにもならなくなるのでは。 考え、眉根を寄せるグウェンダル。 少年王は羽ペンにインクを付け、紙に文字を書き出した。 「ボクに何かがあった時や、不在の時のために、国王に足る逸材は育ててます。今のところはウェルという青年がそれに当てはまりますね」 「ウェル……先ほどシュウが殿が呼び出された相手だな」 にざっと説明された所では、諸々の要素を検討して秀でた若者を秘密裏に選ぶらしい。 そうして王の影たる存在になるか否かを問い、了承した者が、『次の王になるかも知れない者』になる。 男女のこだわりはない。 王が存命している時は、王を守る盾であり剣であり、国政を担う重要人物でもある。 今のところ、それはウェル1人がその立場にある。 「といっても、そんなに堅苦しいものじゃないです。側近みたいな感じですね。それに、いざ王を継ぐといっても『コレ』は引き継げるかどうかは……」 手袋の下に隠された紋章を示すように、は軽く手を上げる。 「真の紋章は人を選びますから」 言って、また書面に目線を落とす。 「どっちにしろ、ボクが斃れた時、この国は一気に傾く。真の紋章を持つ人間はそれだけで『兵器』です。強大な守りを失った時、国は乱れる。その後どうなるかは正直分かりません」 「しかし……次代の王を育てる制度は、よからぬ輩を生み出すこともあるだろう」 「確かに」 グウェンダルの言葉を察したのだろう。 は頷いた。 は不老だ。やろうと思えば、永遠に――デュナン国が滅びるまで、または誰かに屠られるまで――彼は王で在り続けられる。 先々、どうしても王になりたいという、野心がある王候補者が台頭してくるとも知れない。 彼は身内に――王になれる可能性を持つ誰かに――気をつけなければならないのだ。 「まあ、それも仕方がないことですよ。警戒しなくていいことなんてないってぐらいが普通ですから。けどこれって驚くことじゃないですよね」 言葉を切り、また続ける。 「どこの王にだって暗殺の危険はある。形は違えど同じですよ。ユーリもボクもね。ただボクには『真の紋章を持つ不老の王』っていう余計な名前がついてるだけで」 言うこの国の王の顔に、陰りはない。 グウェンダルは大きく息を吐く。 ――いつか彼のように、ユーリも全ての事柄を取り仕切るようになるのだろうか。 外部からの危険を常に認識しながら、大胆に立ち振る舞うことが出来るようになるのだろうか。 なってもらわねば困るのだが、ユーリはあのままでいて欲しいという気持ちも、少なからずあった。 「なんにせよ……先は長そうだな」 呟きに、は苦笑した。 彼の内心に、気付いたのかも知れなかった。 2009・11・14 なんか無茶苦茶てきとうなこと書いてますけどお許しをー。 |