互国響動 41 ―紋章の世界― 城下は、おれの予想通り、凄く賑わっていた。 メインストリートはさすが人が多くて、気をつけていないと、簡単に人と衝突してしまいそうだ。 料理屋らしきところがやたら混んでいると思ったら、おれのデジアナGショックは、昼過ぎを示していた。 異界に来た興奮でか、おれは食物より好奇心で身体を満たしたいらしく、今の今まで空腹を感じていなかった。 気付いたら、そりゃ少しずつ腹も減ってきたけどさ。 「ユーリ、コンラッド。2人とも、お腹は大丈夫?」 ゆっくり歩きながら、振り向いて聞く。 「少し減ったなあ。コンラッドは?」 「俺はまだ大丈夫ですよ」 「どうしよっか。平気なら、もう少し時間を遅らせた方がいいとは思うんだけど」 「じゃあ、紋章屋に行ってからでいいよ」 言えば、は了解したと頷いて、少しだけ歩く速度を上げた。 到着した紋章屋は、物凄く混んでいた。 「……うわ、なんでこんな混んでんの」 にとっても予想外だったらしく、額に手を当ててため息をついている。 余り大きくはない煉瓦造りの店で、店内に入りきらないのか、お客たちが外までずらりと並んでいた。 ほぼ全員が男で、しかもたいていが手に何かを持ってる。 プレゼントっぽい。 は非常に嫌な顔をしながら、並んでいる男のひとりに声をかけた。 すると男は、妙に興奮して声高に 「ここの紋章師さん、すっげぇ美人なんだよ!」 拳まで振り上げている。 紋章云々じゃなくて、美人さん狙いの男ばっかりらしい。 よく見れば、どの男も顔が微妙に緩んでいる。 「。どうしてここへ? 有名な人がいるのか」 コンラッドが質問する。 は右手の紋章を見つめながら、彼に返事を返す。 「腕のいい、男性紋章師さんがいるはずなんだけど。……これはもしかして、アタリかなあ」 何がアタリなんだ? おれが聞こうとしたら、店の正面扉が開いて、店の子だろう、女の子が顔を出した。 彼女が美人? でも、どっちかっていうと可愛い、の間違いだろ。 次の客が入ろうとした。 しかし客は女の子に制止される。それどころか、店内にいたであろう客たちも、次々表に出されていた。 「な、なんだ? 休憩時間? それとも急に閉店?」 おれの言葉にが失笑し、何かを言いかけた。 それよりも先に、女の子がの名を呼んで、手招きした。 訳知り顔のは、おれたちを連れて人ごみを掻き分け、堂々と店内に入っていく。 背後で文句を言う男性たちに、すみませんと謝りながら入店した。 「やっぱり。ジーンさん、お久しぶりです。紋章の気配で私に気付いたんでしょう?」 「ええ。昔馴染みを待たせてはいけないもの。お店の主人には悪いけど、閉めさせて頂いたわ……」 なっ、なんか声に物凄い色気が! おれはぎくしゃくしながら、の影になって見えなかった、声の主を見た。 途端、別に変なことはしていないが、ぎくりと身体を固めてしまう。 なんだ、このオネーサンは!! が『ジーン』と呼んだ女性は、身に纏っているものの総面積が、極めて少なかった。 紫基調の、半ばシースルーな服はヒラヒラしていて、あれが黒色だったらツェリ様に近い。 いや、ある意味でツェリ様よりも凄い。 おれのような健康な青少年には、正直刺激が強すぎる。 そういう格好をしていても、常頃からいやらしさを前面にしないツェリ様と違って、こちらは初っ端の雰囲気から大人なムード。 外の男どもが群れていた理由もわかるってもんだ。 「そちらの可愛らしいお客さまは、の知人かしら?」 「うん。ジーンさんなら判ると思うけど……異世界の人です。ユーリと、コンラッド」 「」 言っても良いのかと、コンラッドが少しばかり咎め色を強く、彼女の名を呼ぶ。 は笑った。 「大丈夫だよ。彼女も――まあそれはいいや。とにかく、昔馴染みの聡い人だから」 「ふふ……。危害を加えたりはしないわ。の知り合いですもの……。わたしはジーンよ。よろしくね……」 こっ、声を聞いてるだけでゾクゾクするって、凄いよな。 妙な緊張から抜け出そうと、深呼吸をしてみる。 うん。少しはマシになった。 ジーンさんは、高く括った長い髪を軽く揺らし、「それで?」と目的を聞いた。 「ユーリたちに、紋章球を見せてあげて欲しいの。まあ、宿せるものなら宿してみてもいいし」 「そう、それじゃあ……こちらへどうぞ」 「す、すみません」 意味もなく、おれは謝った。 目の前に出された数種類の球体は、不思議な輝きを放っていた。 薄っすらと色づいた手の平大のそれは、一種、小さな水晶玉みたいなものだが、球の中に印が浮いている。 火のような形のもの、落ちてきた水滴のような形のもの。 稲妻の形のものなどや、おれには全く判らないものもあった。 「これが紋章球?」 なるべくジーンさんに目を向けないようにしながら、に聞いた。 彼女はおれの気持ちが解っているのか、カウンターに肘をついて笑う。 「うん。自然の中に紛れ込んでたり、魔物が持ってたり。結構高価でね、一国民がそう簡単に買えるものじゃない。切り詰めて買っても、宿せないって場合もあるし」 そんなリスクを背負うぐらいなら、日々の食費なんかに使った方がいいてのは、たぶん普通の感覚だろう。 「おれにも宿せるかな」 「やってみる?」 は笑み、ジーンさんに目配せした。 お色気たっぷりの女性紋章師は、 「利き腕はどちらかしら?」 「みっ、右デス」 優しくおれの右手を取り、手の甲に触れた。 妖艶な彼女の瞳が、微かに強い彩を灯す。 「……そうね、彼なら風か水かしら。大規模な破壊系の紋章には不向きだわ」 「そ、そうすか?」 「魔力は物凄く強いけれど、異界の方だからかしら……使える紋章は制限されるようね。発揮できる力も」 手の甲を撫でられている訳ではないのに、変に背中がむずがゆい。 雰囲気だけでこんなになるおれって……やっぱり場数が少ないからか。 は小首を傾げ、 「紋章付けてみる?」 問う。 一応、おれの保護者はどういう意見だろうかと視線を向けたら、お好きなようにと肩をすくめられた。 だったら、折角なんだし。 「付けてみるよ。あ、でも金要るのか」 「ふふ、のお友達ですもの……サービスしてあげる」 サ、サービス。 いかんと思い切り頭を振る。 だめだって。怪しいぐらいに色気のある人だからって、妙な想像しちゃ失礼だ。 想像するならどっちかっていうとをこう、って違うだろそれも!! はおれの葛藤には気付かず、こちらを見る。 「どっちがいい? 風と水」 「水は治療の方だっけ。じゃあ……えーと、風にする。ルックの風の紋章とは違うんだよな?」 「あれは真の紋章だからね。ユーリが今付けようとしてるのは、真の風の欠片みたいなもの」 ふぅんと頷くおれの手を掴んだまま、ジーンさんは黙したまま、もう片方の手で紋章球に指を触れさせた。 球体が強く光る。 ジーンさんが指先を引くと、ずるりと中の印が引きずり出された。 目を丸くして見ているおれの手の甲に、引き出されたものが触れる。 すぅ、と吸い込まれるように、おれの手の甲に入って行った。 途端、右手が疼き出す。 「うわ、なんだかムズムズすんだけど!」 「ユーリ、大丈夫ですか?」 少々緊張したコンラッドの声に、おれは左手を振る。 痛いわけじゃない。大丈夫だ。ちょっと驚いただけの話。 手の甲に浮いた風の紋章から、淡い緑色の光が放たれ、それは急速に静まった。 残ったのは、薄い緑の印。刺青みたいだ。 親に見せたら嘆かれます。 「外す時は、ルックに頼みなさいな」 「付けてもらったのはいいけどさ、おれ、使い方知らない」 「ルックに教えてもらうといいよ」 笑顔でに言われ、うーんと唸る。 ルックかあ……鬼コーチっぽいよなあ。 ていうか、その前に教えてくれなさそう。 「は駄目なのか?」 「私? いいけど。ユーリたちが身につけたのを、眞魔国に持っていけるかは、ちょっと判らないからなあ……」 確かに。でもま、折角つけたんだし。 頷くおれの前に居たジーンさんが、つい、とおれの脇に目をやった。 「そちらの貴方はどうかしら……?」 コンラッドは軽く手を振る。 「俺? 俺は無理ですよ。欠片も魔力がないんで」 「とりあえず見てもらってみろって。折角だし」 「うんうん。まあ、占いみたいなものだと思って。基本属性値って、魔力あるなしは関係ないし」 「そうですか? ユーリとがそう言うなら」 ジーンさんに向かって手を差し出すと、彼女は大人の笑みを浮かべ、彼の右手を包んだ。 コンラッドは全く表情を変えない。 さすが大人かつ、夜の帝王。 ……いや、夜の帝王はこの間、ヒルドヤードで否定されたばっかしだ。 それにコンラッドはが好きで、いわばおれのライバルだし。 彼が一度ロックオンした相手を放って、誰かとハッスルするなんて、とても想像できない。 と彼がファイトするところを想像しかけ、おれは慌てて頭を振る。 「陛下? どうしたんですか」 「うっ、なんでもないッ! 陛下って呼ぶな名付け親!」 「すみません、つい癖で」 いつものやり取りの間も、ジーンさんは静かにコンラッドの紋章判断中だ。 はそれをじっと見ている。 ややあって、コンラッドの手が開放された。 「どうですか?」 ジーンさんは瞳を細め、顔を近づけてコンラッドの目をじっと見つめる。 見てるこっちが恥ずかしくなるぐらいの至近距離。 なのに、どちらも動じていないのが凄すぎるんですけど。 「はっきりしているのは火と盾。それが貴方に内在する、魔力の容(かたち)よ」 「へえ、コンラッドが火……」 ヴォルフラムの魔術属性が火だっていうのは、なんだか性格で分かるけどさ。 コンラッドも火。兄弟だからか? いや、でもそしたらグウェンダルは土だしな。 「私、コンラッドは近い所で風だと思ってた。盾は分かるけど」 「ふふ……彼は自身の中に、炎を飼ってるもの。表面には滅多に出さないようだけれど……」 そうなのかとコンラッドを見ると、おれの名付け親はしれっとした顔で肩をすくめた。 ジーンさんは小さく微笑み、コンラッドから離れる。 「けれど残念ね。紋章を宿すことはできるでしょうけど、使えないわ」 「あーそっか……こっちでもやっぱり、魔力云々ってのは変わらないんだなあ。でも、コンラッドには剣があるしな」 「ええ」 頷くコンラッド。ジーンさんはに視線を移した。 「。額への紋章付けはしないのかしら……?」 「今の所考えてないの。紫魂の紋章も、の力と繋げなければ、普通の闇の紋章ぐらいの力だし」 「それでも、使いすぎれば危険よ」 彼女はの右手を取り、柳眉を微かに寄せた。 「……薄く浮き出ているわね。彼が側にいるせいもあるでしょうけれど……気をつけて。狙う者がいないとも限らないわ」 「分かってるよ。気をつける」 なんか、不吉な話してないか? 眉をひそめたおれにが気付いて、苦笑した。 「ごめん。大丈夫だから。――さて、じゃあお昼にでもしようか」 「あ、ああ、うん。そうだな。……ありがとう、ジーンさん」 お辞儀をすると、彼女は紅をひいた口唇を孤に描いた。 時間が時間だけに、先程よりは混んでいない料理屋に足を運び、が適当なものを注文してくれた。 言葉は分かっても文字が読めない。 英語に近いけど、英語じゃないみたいだ。 「……これって、まんまオムライスだよな」 「え? オムライスだよ。ラーメンとかパスタの方がよかった?」 目の前に並んだ皿の上には、まごうことなくオムライス。 ケチャップをかけて食べるアレ。 「ラーメンもあるのかよ……いや、ビックリした」 スプーンですくって食べると、口の中で米が解けた。卵のとろみも丁度良い。 思わず笑いそうな位に美味い。 コンラッドも同じ者を食して、うん、と頷く。 「美味しい」 「よかった」 微笑み、もぱくりとオムライスを食べた。 こっちは馬の心臓が2つだったりとかしないみたいだし、少なくとも食は、おれの世界に似てる気がする。 がつがつと、少々意地汚いぐらいの勢いで完食し、大きく息を吐いた。 「はー! ご馳走様でした!!」 「俺も、ご馳走様」 「わ、早い。もう少し待って」 「いいよ。ゆっくり食べなって」 その間に人間観察でもしようかと周囲を見回すと、女の子2人がこっちを見つめている。 最初こそまごついていた彼女達は、唐突に立ち上がり、おれ達の方へ来た。 正確には、コンラッドの方に。 「あのっ……この後お暇ですか? もしよかったら……」 うお、ナンパだ! やっぱりコンラッド、っていうか魔族はこっちの世界でも美形だっていう認識なんだな。 はその様子を見ながら、食事を終えていた。 人好きのする爽やかな笑顔のコンラッドは、いつもの 「すまないが、俺はとデート中だから」 ……いや、いつものじゃない切り返しをした。 は目を瞬き、次いで頬を掻く。 女の子2人はを見て、残念そうに立ち去った。 物分りの良い子たちだ。 ――にしても。 おれは思わずコンラッドを、じとっとした目で見る。 「コンラッド。おれも居るのに、『とデート』って酷くねえ?」 「そうですね、すみません」 しれーっと答えてるし……。 はおれたちの様子に首を捻り、 「次行こうか?」 椅子から立った。 2009・10・6 属性値とかは当然、物凄く適当ですんでヨロシクお願いします。 |