互国響動 40 ―紋章の世界―



 かつて、デュナン統一戦争の折にが使っていた部屋は、彼女がいなくなってからも、恐らく誰にも使われていなかったのだろう。
 人の温もりは薄く、けれど室内はいつ誰が来てもいい位に整えられている。
 の部屋の右隣にはの部屋があって、そちらも同じ状態だ。
 部屋を出て左の通路を行けば、の寝室。
 近場にはもうひとつ、シュウの部屋もある。
 ルックの部屋だけは、少しばかり離れているが、それも以前と変わらない所だ。
ー、いるかー?」
 ノックの音と同時に、ユーリの声がする。
 扉を開けると、ユーリとコンラッドが立っていた。
「どしたの? 何か問題?」
「いや、そうじゃなくてさ。折角だし、異文化交流っていうか……えー、つまり城を案内して欲しいと思って」
「なるほど。コンラッドは護衛なわけね」
 この世界では、恐らくユーリを狙う輩なんていないだろうけれど。
 客を突然襲う馬鹿者は、デュナン城内にいるとも思えないし。
 勿論のこと、表にはそれなりに危険があるが。
 特に何かすることがあるでもないので、ユーリたちの案内役を買って出、武器を置いたまま部屋の外へ出ようとした。
。武器はいいのか?」
 コンラッドの問いに、ああ、と軽く手を振りかかり、 
「……あ、もしかして下まで降りる?」
 問いながら、どっちにしても武器は持つべきだと、愛用のそれを腰に着けた。
 気を抜きすぎている。勝手知ったるなんとやら、のせいもあるだろうし、こちらに戻って安心しているせいかも知れない。
 ユーリは腕を組み、窓から見える外の景色に視線を固定し、
「出来れば外も見てみたいんだよなあ……国の外っつーか。いや、別の国に行きたいとかじゃなくて、王都以外の場所っていうか」
 唸った。
「ユーリ。余り遠くへ行かない方がいい。ここは俺たちの世界じゃないんだ。どんな危険があるか」
 保護者であり武人でもあるコンラッドは、さすがに気配りが凄い。
 確かに折角ユーリたちがこちらに来ているのだし、あちこち見せてあげられればいいと思うのだが。
 いかんせん、こちらは全く戦えない人が陸地や海里を行くことには、少々問題がある。
「うーん……そうだなあ。ユーリ、こちらにはね、『魔物』ってのがいるの」
「は? 魔物って……RPGにおける敵みたいな?」
「あーるぴーじーって?」
 ユーリの祖国の言葉だろう。意味がわからないから。
 敵、という件から行けば、理解はできるが。
「なんていうか、唐突に襲ってくる獣っぽい何かだったり、ぷよぷよっとした生物だったり……とにかくそういうの」
「うん、それ」
「もしかして、倒すと金くれる?」
「お金そのものを持ってるのは少ないけど。持ってる道具や毛皮を売ったり、ってトコかな」
 実際には、魔物を倒して金稼ぎなんていうのは、傭兵の類がする仕事だ。
 強くないと簡単にあの世行きなのだから。
「外に出たいっていうのなら、私やが付いていくよ」
 どれ位の滞在時間かは判らないが、行ける範疇ならば連れて行くと言うと、ユーリは嬉しそうに笑った。
 コンラッドは危険を計算しているのか、あまり気乗りしているとは言いがたい表情だが。
「さて。とにかく今日はお城と町を案内するよね。私が居ない間に、物凄く変わってなければいいけど」
 言って、やはり持っていくことにした武器を、腰につけた。



 ユーリはに案内されながら、デュナン城は広いと思った。
 血盟城も相当広いと思うが、こちらも広さでは相当なものだ。
 元々は戦時中、同盟軍という率いる軍の本拠地だったらしいこの城は、平和になった今でも、その当時の設備を使い続けているようだ。
 設備といっても、お風呂だったり、訓練用兵舎だったり。
 舞台などの娯楽設備が城の中にあるのも驚きだが、城の外郭には畑があった。今も食材を作成中。
「うわ、畑のみならず牧畜もしてんの!?」
「これは凄いですね……。眞魔国ではありえない光景ですよ。城の中でなんて」
 驚くユーリとコンラッド。
 にとっては慣れた光景らしい。
「ユズって女の子が管理してるはずだよ。今はちょっと居ないみたいだけど。……あ、もう女性、かな。女の子じゃなくて」
「へえ……」
「じゃあ次は……そうだなあ、下行こうか」
「下?」
 に連れられて向かった先には――。
「うわ、でっけえ。海!? でも塩の香りがしないなあ」
 思い切り息を吸うユーリの横で、コンラッドがに問う。
「もしかしてこれは湖かい?」
「うん。デュナン湖。結構広いけど、海じゃないの」
「へーえ。船もあるんだなあ……」
 城の裏手は大きな湖で、船も完備されている。
 釣り人が、そこで普通に釣りをしていた。
「さてと。それじゃあ次は……中庭の方に行ってみようか」
 城内から外へ出ると、子供の笑い声が聞こえてきた。
 街と城を分け隔てる中庭のような場所を駆け回っていた。
「……あれ? なんか建物多くねえ? 庭なのに」
「そうですね。……、もしかして中庭にも街が?」
 コンラッドに問われた彼女は、
「前はそうだったよ」
 こくんと頷いた。
 これも軍事時代の名残なのだそうだ。
「以前はここに、紋章屋とか交易所とかもあったんだけど、今は国防のために下に移動しちゃってるね。空いた所は、高等学術所とか、役所とかになってる」
 それから、と彼女は言葉を続ける。
「兵士宿舎は西側奥。その手前には図書館。展望台なんかもある」
「……随分と解放されてる気がしますが、危険ではないですか?」
「そこの門」
 示されたのは、庭の切れ目にある大きな壁。
「ぐるっと城を取り囲んでるの。そこから向こうは街、こっち側は王の居城。解放されてるように見えて、それなりに警戒されてはいる」
「まあ……」
 コンラッドは後ろを向き、城の外壁を見、次いで周囲を確認して
「ここの壁を登って浸入しようとしたら、兵士に見つかりますね。見通しが良すぎる」
 頷いた。
 ユーリは、門からずっと先まで続いている街並みを眺めながら、腕を組んだ。
 先ほどから数名が城の中に入っていくが、随分簡単に入る。
 どれだけ小市民を地で行くユーリでも、城の内部に人を勝手に入れられない。
 だがの城では、存外簡単に出入りを許可しているように思えた。
「けどさ、血盟城に入るより簡単に見えるんだけどなあ。庭で子供騒いでるし」
「ここまではね。けど、城に許可なしで入ろうとしたら、普通は入り口の所で止められちゃう」
 政治を行う部分は、当然かっちりと守られている。
 城の外郭はともかく、内部に入るのは、やはり容易ではない。
「でも、結構人の出入りあるよな?」
「みんな、王発行の許可書を持ってるし、危険物は取り上げられちゃうしね」
 それに、人が出入りする所には必ず兵士がいる、とは笑う。
「極力、一般に開放できるところはして、守るべきところは守る、って方針みたい。本当は、城の1階部分ぐらいは民に全解放したいみたいだけど。防衛上の理由で、シュウに却下もらったんだって」
「……なんか、凄いな。ってやっぱり王様なんだ」
「ユーリだって王様でしょ」
「いや、でもなんかさ」
 ――って、凄いんだなあ。
 素直に感心してしまう。
 ――おれも頑張らないとなあ。
「ユーリ? 疲れちゃった?」
 に覗き込まれ、少々後ろに下がりながら首を振る。
 ビックリした。顔が赤くなっていないことを祈る。
「い、いや、疲れてないよ」
「そう? ならいいけど――」
 次はどこにしようかと考えているの名を、大声で誰かが呼んだ。
 ユーリとコンラッド、は揃って背後を見る。
 今しがた、学術所から出てきたらしい青年が、少々興奮した面持ちでこちらを見ていた。
 20代前半ほどの青年。
 髪は赤に近い茶で、瞳は炎のような、はっきりした紅。
 こちらも美形ばかりでは、と思わせるほどの美青年は、こちらに駆け寄ってきた。
 全体的に赤色を纏った青年は、の前に来ると、コンラッド並の爽やかさで微笑んだ。
様、お久しぶりです!」
「様付けは止めてって、前も言った覚えがあるんだけど?」
 肩をすくめるに、青年は失礼と軽く手を振った。
「相変わらずお可愛らしいですよ」
「暫く見ないうちに、お世辞まで覚えたんだ」
「まさか! 俺、世辞なんて言いません。あなたは、俺の子供の頃からの天女ですから」
 至極まじめな顔で言う青年。
 コンラッドの眉が微かにひそまったのを感じて、ユーリはと青年の会話を割るように声をかけた。
、この人は?」
「うん。……えーと、当人から紹介してもらった方がいいか」
 青年はの視線に佇まいを直し、ユーリ達に向き直る。
 手本にすべきだと思うほど、綺麗に礼した。
「ウェル・フォルゲンリッジと申します」
「あ、あっと、おれは渋谷有利原宿……じゃなくてユーリです」
「コンラート・ウェラーです」
 コンラッドはこちらの流儀だと思われる、ユーリ的には海外式の名乗り方をした。
 ウェルは頷き、握手を求めてくる。
 2人ともそれに応じた。
 ――うわ、タコが凄い。剣ダコ?
 驚いたユーリに気付いてか、ウェルは失笑した。
「失礼。綺麗な手ではないもので」
「あ、こっちこそすいません」
 小市民的に謝った。
は彼らと一緒に旅を? 最後にこちらに来た時は、様とご一緒でしたよね」
「ユーリ達とはちょっと縁があって……。旅をしてるというより、彼らの家に厄介になってる状態というか。まあ、詳しく知りたければに聞いて」
 苦笑しながら告げる。ウェルは頷いた。
「もっと話をしていたいのですが、余り時間がなくて。職務をサボる訳にもいかないですしね」
「大変そうだねえ」
「自分が望んだ道ですからね、その辺りは問答無用ですよ。後で話をできますか?」
「時間が合えばね」
 それで充分だと微笑み、ウェルはユーリたちに一礼して、城の中へと入って行った。
 青年が立ち去ってから、コンラッドが静かに問う。
「今の彼は、どういう?」
「戦時中に、敵兵に殺されかかってた彼らの一家を助けたの。当時はウェルが、確かまだ7歳かそこらだったかなあ」
 以来、彼は自分を鍛え、高め続けて、今はデュナン国の要人なのだそうだ。
 ユーリはこっそり、自分の名付け親の顔色を盗み見る。
 コンラッドはいつも通りの爽やかスマイルで、けれどどことなくだが、先ほどの青年を気にしているような気がする。
 あくまでユーリがそう思うだけだが。
「さてと。何か見たいものとか、ある?」
 問われ、ユーリは唸った。
 剣と魔法の世界。見たいもの。
「……なあ、そういえば紋章って誰でも付けられるんだっけ? 紋章屋とかあるんだよな??」
「誰でもって訳でもないけど、ユーリたちなら平気かな。ただ素養がないと使えないよ」
 使えるかどうかはともかく、紋章がどういう形で売られているのか、興味がある。
 じゃあ、とは軽く手を招き、付いて来るようにと指示した。
 城下町に行くみたいだ。



2009・9・2
色々適当ですみません…