新月。 闇に喰らわれた月。 満月がなのだとしたら、新月は俺。 光射さぬ場所で、テッドはそんなことを考えた。 互国響動 28 そもそもテッドは、自分がどこにいるかを知らなかった。 己は、生と死の紋章に魂を喰らわれたはずで、だのに『魂』が残っている。 実際にはどうか判らないものの、こうして意識があるのだから――欠片だか霞だか程度でも――たぶんそうなのだろう。 ため息をつき、背中から乱暴に倒れる。 周囲は薄闇色ばかりで、地面があるのかどうかも不明だが、立って歩けるし、横にもなれる。 何がなくとも、地面という概念は確かに存在していた。 ため息をついて『最初』を思い出す。 何度も繰り返してきた作業だが、視覚するものが何もない空間では、それすら娯楽に近い。 初めてテッドが『目覚めた』時、彼の前には知らない男が立っていた。 金髪で長身。 目を見張るほどの美形だった。 だが、 「……俺、なんで生きてるんだ」 何よりも先に、そこが疑問だった。 体がある。手が、足が。 顔はどうか判断がつかないが、たぶん以前と同じなのだろうと、感覚で理解する。 自身の体をあちこち確認しているのが面白いのか、男は微かに笑った。 「安心しろ。お前は『かつてのお前のまま』だ」 顔だけでなくて、声まで美形だ。 友達に持ったら、劣等感で全身が埋め尽くされそう。 テッドは警戒しながら、男を改めて見る。 どこぞの王族のような格好、としか言いようがない。 「あんたは誰だ? 俺のことを知ってんのか?」 「少しはな。名はテッド――で合っているか」 驚きながらも頷く。 「俺はシンオウと呼ばれている」 言いながら眞王は、空中に文字を書いた。 空気を引っかいたみたいに、空中に跡が残る。 真っ黒な世界に、白文字で『眞王』と。 「眞王ねえ。まあいいか。とにかく、俺はどうなってるんだ? 知ってるなら教えてくれよ」 「残念ながら、総ては知らん。しかしとりあえず言えるのは、お前は間違いなく死んでいるということだ」 やはりか。 自分で望み、紋章に魂を喰わせたのだから、当然だ。 じゃあここは天国……いや、地獄か? 周囲は闇を流し込んだのではないかというほど、彩がない。 天か地かと言われれば、地だろう。 テッドの考えていることが判ったのか、眞王は軽く笑う。 「お前は確かに死んでいるが、ここは死した者が逝く場所ではない。狭間だ」 「狭間?」 「お前の世界と、俺の世界の狭間」 考えを整理しようにも、手持ちの情報が少なすぎる。 難しい顔をし、テッドはとりあえず言葉を続けた。 「世界って、じゃあお前って俺とは別世界の人間なのか?」 「そうだ」 「……まあ、そこはいいんだけど。それで、なんで俺はその『狭間』にいるんだ?」 「説明は難しいな。……不自然な事象が起き、お前の身体と魂はこちらに引き寄せられた、とだけ言っておく」 なんだか、もしかして大仰な話なんじゃないか? 「とりあえず、お前の話を聞かせてもらうか」 眞王の言葉に何故だと問えば、必要だからと答えが戻る。 話といっても、何を話せばいいんだ? 先程より小難しい顔になるテッド。 眞王は腕を組んだ。 「お前が、どんな生活をしてきたか、それを知りたい」 「はぁ? それが何か解決に繋がるのかよ」 無言の肯定。 テッドは釈然としないまま、仕方なく話をし出した。 ざっとした世界の成り立ち。 真の紋章、ソウルイーターを身に宿し、およそ300年生き続けてきたこと。 その中で親友のとを得たこと。 命を失ったのは、親友に牙を向けんとしてのことだったことも。 不思議なもので、生と使の紋章が手元にないからだろうか。 懐かしいとは到底思えない、まだ生々しい感情が胸に転がるが、それらはかつてより不快ではないような気がした。 親友に全てを委ねてしまったという、後味の悪さはひどいものだが。 「……とまあ、そういうことなんだ」 「ほう。……その、『』とやらは、美人か?」 興味をひどく惹かれたのはそこらしい。 ちょっと不愉快になる。 彼女は、やテッド、周りの皆も――大事にしている少女だから。 「普通の子だよ。俺たちは、あいつのいい所を一杯知ってるから、可愛いとも言えるけどな」 「ふむ」 眞王は何やら考え込み、ひとつ頷いた。 「そうか……。ところでお前のことだが」 「俺、どうすりゃいいんだ? こっから出られるのかよ」 「無理だな、とりあえず今は。――また来る」 言うが早いか、眞王は立ち消えてしまった。 そんなこんなで、テッドはただひたすらに、この何もない世界に縫い付けられている。 正直、暇すぎてどうしようもない。 眞王はその後何度かやって来て、いろいろな状況を教えてくれた。 が、その世界の『魔王』に求婚されてるだとか、が来てるとか、多くのことを。 何故、やがこちらに来れたのかと問えば、眞王はあっさりと 「は俺が呼んだ。27代魔王の王妃になってもらいたくてな」 とんでもない発言。 可愛いし、行動力もあるし、芯も強いと褒めちぎる眞王。 どうやら、お気に入りと化したらしい。 怒るやら呆れるやらだが、テッドは『一応』存在しない者。 騒いだとて、何かが変わるわけでもなかった。 テッド自身の身体が、彼女たちの近くにあって、保護されていることも知った。 「……ってもな、結局俺って置いてけぼりなんだよな」 のったりと起き上がって後頭部を掻くと、 「暇そうだな」 予告もなく眞王が現れた。 相変わらず唐突だ。 「そりゃ暇だろ。娯楽なんもねえし」 「それは悪かった。少しばかり、土産を置いておこう」 土産? 疑問符を浮かべていると、眞王は掌を空中にかざした。 なんだと思う間に、闇の中に白い光輪が浮かぶ。 その中に、たちが見えた。 「うわ、すっげぇ。どうなってんだ?」 「これで、状況を掴んでおけ。暇つぶしにもなるだろう」 輪の中に浮かぶやは、なんだか随分と大人になった気がした。 雰囲気が、という意味だ。 姿かたちは、そりゃあ多少はやはり変化があるものの、少年少女に違いはない。 紋章を宿しているのだから、当たり前だ。 「なあ、眞王さん。俺って意味があってここに居るのか?」 「意味のないことなどないさ。総てに意味がある」 男の言葉は、なんだか重たい。 「……ところでさ、お前って王なのか? 眞『王』だもんな」 「その通りだ。ただし、お前と一緒で、一応死んでいる身だがな」 テッドは目を瞬いた。 「死んでんのに、なんか色々心配してんのかよ」 「それもお前と一緒だな。お前も、友を心配している」 それもそうかと、妙な親近感が湧く。 相手は死んでいるとはいえ、元王様なのだが。 「また来る。――ああ、奇妙な歪みなどが感じられたら、俺の名を呼べ」 なんの事やら解らないが、とりあえずテッドは頷いた。 眞王は現れた時と同じく、唐突に消えた。 テッドは息をつき、映像を見る。 「……なんか、知らない輩が増えてるなあ」 2008・9・19 テッドのたーん。 |