彼が視線を真っ直ぐ向けて来た瞬間、ああ、と納得した。
 正直、言葉なんていうものは必要がなかった。
 オレは、そういう輩を多く見てきたから。
 ウェラー卿コンラート。
 彼が何を言いたいのか、腹立たしいまでに直ぐ解った。



幕間 3



、少し外に出ていてくれるか」
 コンラッドが並みならぬ雰囲気で入って来たため、オレは、傍で座って本を読んでいた彼女にそう告げた。
 彼女は少しだけ首を傾げたが、自分がいては話し辛いことだと察したのだろう、
「じゃあ、少し体動かしてくるね」
 文句も言わずに退出してくれた。
 入れ替わりにユーリが入って来たのは、偶然じゃない。
 コンラッドが呼んだのだそうだ。
 が去り、扉が閉まって、急に空気が塗り替えられる。
 ユーリはそれを感じ取ってか、微妙に居心地が悪そうだ。
「なあ、コンラッド。に用事なら、おれ、あとでも」
「いいえ陛下。貴方にも聞いて頂きたいんです」
 陛下って呼ぶなと、口先を尖らせるユーリ。
 オレは立ったままのコンラッドに視線をやり、先を促した。
「言いたいことがあるんだろう? もっとも、察しはついているが」
「本当に?」
 笑顔を浮かべながら、その実、この男は真に笑んではいない。
 瞳の好戦的な彩を見逃す程、オレは鈍くはないし、経験不足でもない。
 所在なさげにしているユーリは、コンラッドの後ろ側から、オレの横に移動した。
 軽く手で椅子を示してやると、彼は大人しく座る。
 それを確認して後、コンラッドは笑みを引っ込めた。
 ややあって、口を開いた。
 オレにとっては予測済みで、ユーリにとっては驚きの言葉を告げる。

「俺は、が好きです」

 はっきりと告げられた言葉に、ユーリはひどく驚いていた。
 オレはやはりとため息をつき、腕を組む。
 彼が最初に視線を向けたときから、判っていた。
 だから驚かない。
「コッ、コンラッド! なんだ、マジで言ってんの?」
「ええ。貴方が求婚した相手を、好きになってしまいました」
 さらりと答えられ、ユーリは言葉に詰まる。
 名付け親の本気が垣間見えたらしい。
 コンラッドはユーリへの笑顔とは対照的に、オレにきつい視線を向けてくる。
 当然といえば、当然だろう。
 の一番側に居る――というと自惚れのようだが――これ以上なく強い繋がりがあるのは、オレなのだから。
 決して強くはない語調ながら、力の籠もった言葉を、コンラッドは続ける。
「オレは、彼女に触れたい。だから――」
「だから紋章の加護を弛めろと、そう言うのだろう?」
 意地悪く口端を上げて言うと、彼は静かに頷いた。
 オレの『生と死の紋章』は、『紫魂の紋章』を持つ彼女を、様々な危険から護る。
 攻撃などの一般的なものは、全部ではないにしろ、結構な確率で彼女を護る。
 他に、オレの意思を反映してか――不埒な行為から、彼女を護ることもある。
 つまりコンラッドは、『不埒』を働けるようにしろと、堂々と言っていた。
「勇気があるな。オレの紋章に魂を喰らわれるとは、思わないのか?」
 片手をひらつかせる。
 隣のユーリがぎょっとした。
、本気じゃないよな」
「さてね。それは、彼の本気の度合いによるな」
 彼女への気持ちが、簡単なお遊戯程度だったのなら。
 オレは容赦しないし、ルックやも彼が彼女に触れることを、認めはしないだろう。
 彼女はオレたちの『輪』だ。
 こちらに来てからもそうだが、の雰囲気はひどく普通で、柔らかくて、簡単に人と繋がりを作る。
 気付かないうちに、人から大事にされている。
 そういう彼女だからこそ、永劫の刻を共に在れる。
 オレたちからを奪うのなら、覚悟がいるんだ。
 真の紋章を持ち、彼女を愛しく思う者たちと同じように、永劫を共にできるほどの覚悟が。
「前も言ったと思うが、オレたち真の紋章を持つ者は、不死ではないが、不老だ。いずれはお前も先に逝く」
 普通に生を続けるのなら、それは間違いのないことだ。
 いくら魔族の寿命が長いといえど、『永遠』には敵わない。
 大事な人を作って、そいつが先に逝く。
 それは長く生きる上で、恐ろしいことの1つといえよう。
「それを踏まえて言っているのか」
「解っています。――貴方たちはを大事にしている。俺はその気持ちを踏み躙る気はない」
 腹立たしいほどに本気だ。
 一歩も引く気がない。
 コンラッドが、元々をどう思っていたかは知らないし、何処に惚れたのかも知らない。
 だが、オレは彼女を束縛したい訳ではない。
 総てはが選ぶこと。
 オレにできるのは、彼女が極力傷つかないようにすること。
 そして、どんな形であれ、共に在ることだけだ。
 オレはユーリをやおら見る。
「ユーリ。お前はどうなんだ? この際はっきり聞くが……をどう思っている」
「え!?」
「……判らない、って顔だな」
 こちらは未だ友情だと、勝手に判断。
 いきなり求婚をかました魔王は、存外、臣下より奥手らしい。
 溜息をつき、コンラッドに視線を戻した。
「とりあえず解った。最低限の庇護にしよう。――コンラッド」
「はい」
は色恋沙汰に疎い。余り苛めるなよ」
 彼は肩をすくめる。
 そんなことしない、とでも言いたいのだろうか。
「元々自分が恋愛対象になるなど、全く思っていない奴だし、基本的には、オレを基点に物事を考えている」
「……随分な惚気ですね」
 少々気分を害したのか、コンラッドは張り付いた笑みを浮かべている。
 事実は事実なのだから、致し方ないだろう。
 違うと本気で思っているのなら、認識が甘すぎる。
「オレのために、自分の人生を紋章に売り渡した女だぞ? 解るだろ」
「確かにね」
「……って、恋人?」
 ユーリの問いに、少し考え、首を振る。
「そういう名称が要らない間柄、だろうな。家族であり、最も心が添っている関係でもある」
 少しばかりの毒気を含めて、言う。
 これからオレの大事な子を奪おうというんだ。
 ちょっとくらいの意地悪は、甘んじて受けてもらおう。
「オレは、を愛しているよ。だから――コンラッド」
「はい」
「意味もなく傷つけ泣かせるのなら」
 ひとつ、間を置く。
 そして、兇悪なまでの笑みを浮かべた。

「オレの魂が未来永劫、闇よりも昏い場所に叩き込まれようが――泣かせた誰かを赦しはしない」

 ユーリの体が、びくりと震える。
 雰囲気に圧されて、だろう。
 コンラッドは流石で、オレの覇気を真正面から受け止めている。
 武人だけはあるな。
「――心得ていますよ、。俺とて、愛しい彼女の泣き顔など、見たくはない」
 そこで言葉を切り、彼は顎下に手をやって、ああ、と言葉を続ける。
 妙に意地の悪い笑みを張り付かせて、
「でも、褥の中では泣かせてみたいですが」
 なんとも人を苛立たせる言葉を発した。
 こっ……コイツっ……。
 オレが口を開くより先に、ユーリが真っ赤な顔をして叫ぶ。
「コッ、コンラッド! なに破廉恥大王かましてんだよ!!」
「破廉恥ですかね? 素直な心ですが」
「爽やかな顔して、ヤバイ発言すんなよな!」
 半ば立ち上がりかけているユーリを落ち着かせ、オレは息をつく。
 全く。
 魔王に求婚されていることだけでも頭が痛いのに、どうしてこう……解っていたことだが。
 額に手をやりながら、オレは息をついて立ち上がった。
「……さて、と。オレは少しルックたちと話をしてくる。あいつ等にも教えておかないとな」
「俺のことを、ですか?」
「そうだ。彼女は俺たちの生きる糧だからな」
 言って、部屋を出た。


 。なあ
 オレと紋章のせいで、恋をできないのなら、それは間違いだ。
 お前が大事なんだ。
 だから、たとえそれがいつか消えてしまうものでも、お前には臆さず進んで欲しい。
 でもきっと、オレはお前を手放しきれないから。
「……オレも大概我侭だな」