互国響動 22



 ユーリが憤慨して戻ってきたのは、彼が部屋から出て行って、一刻が過ぎようとしている頃だった。
 彼にしては荒々しい様子で扉を開き、熱冷めやらぬ様子で椅子に座った。
 次いで、眉間の皺が常時より倍増し位になっているグウェンダル、柔らかな雰囲気のないコンラッドが入室した。
 異世界組みは、全く状況が飲み込めない。
 は互いに顔を見合わせる。
 とルックはしれっとして、紅茶のカップに口をつけていた。
 怒りの表情のユーリに、グウェンダルが溜息をつく。
 それが皮切りだったかのように、ユーリは語気を荒げた。
「おれは認めないからな!」
 意味が解らない
 説明を求めてグウェンダルに視線を送ると、彼はまたひとつ溜息をついた。
「……現在、南方沖合いに船籍不明の武装船と、高速船があるとの情報だ。此方に進行してくる気配がある」
 が顎下に手をやり、グウェンダルに問う。
「既に、国内に敵が入り込んでいるという可能性は?」
「なくはないが、警備は強化しているし、大規模な争いは今の所起こっていない」

 ルックが、非常に冷たい目で彼を見た。
 余計な口出しをするんじゃないと、思い切りそう言いた気に。
 肩をすくめるの横で、はちらりとを盗み見た。
 今の所、我関せずの様相。
 グウェンダルが、ユーリに向けて言葉を続けた。
「この前の騒乱を起こした輩が、一枚咬んでいる可能性は大いにある。早めに事を済ませなければ」
「だからっ、闘いはダメだって何度も言ってるだろッ!」
「相手は武装しているのだぞ。それも、こちらの境界に思い切り喰い込んで来ている」
 苛立っているグウェンダルに向かって、はそっと片手を上げた。
 余計なことを言うな、するなというルックの視線は、この際全く無視の方向で。
「話し合いは、した? やむをえぬ事情があるとかもあるし」
 ほんの微か、彼の瞳が迷うように揺れた。
 それに気付き、は眉を顰める。
「対話は試みた。……色好い返事はない」
「だからって……なあ、もう一回話し合いしようって! 一度で諦めんなよ!」
 ユーリの言葉に、グウェンダルは不愉快気な表情だ。
 勿論、グウェンダルだって戦いたくはないはずだし、色々と手段を講じたのだと思う。
 結果として、眞魔国にとっては良くないことしかなかったのかも。
 盛大に溜息をつき、それからまたユーリは口を開いた。
「とにかくさ、戦争だの攻撃だのはダメだ」
「ならどうしろと言うのだ」
 最初こそまだ冷静だったものの、グウェンダルも見かけによらず激しているのかも知れない。
 場が荒立って、空気がぴりぴりしている。
 助けを求めるようにコンラッドを見るが、彼はに肩をすくめてよこしただけだ。
 段々と、ただの言い争いのようになってきて、このままでは建設的な話など不可能な状況になった頃。
 ――ガツン、と音がした。
 一瞬で場が静まり、音を立てた者――を見やる。
 彼は、棍棒で床を打ち鳴らしたのだった。
「グウェンダル。相手の武力が行使された場合、どの程度になる」
 被害予測を聞く
 額に手を当て、煩わしそうに息を吐いてから、グウェンダルは返答する。
「船から主砲で狙われた場合、港町の被害は甚大だろう」
「民の避難は」
「……まだだ」
 は片眉を上げる。
 も怪訝に思って、グウェンダルの顔をまじまじ見た。
 危険が目の前にある状況で、民を避難させない?
 いつものグウェンダルならば、とにかく場を収拾させるために、多くの知恵を回すはず。
 国民の避難は、早急に行われるべきことだ。
 彼はよく知っているはずなのに。
「悪戯に混乱を招きたくないいう理由か?」
 尋ねるに、グウェンダルのはっきりとした返事はなかった。
 嫌な予感がして、の視線は自然、きつくなる。
 は指先をテーブルに付け、ふぅん、と意味深に呟いた。
「港町は人の出入りが多い。情報もいち早く他方に回りますよね。――いいんですか?」
 グウェンダルは無言だ。
 不穏な流れは人に回り、不安感を抱かせる。
 加えて、国内に潜伏する反乱分子がいるのなら、それらを勢いづかせることになる。
 言外には、それを容認するのかと指摘したのだ。
「グウェンダル、早く避難させないと!」
 ユーリの焦り交じりの声に、は少し考え、
「さて、ユーリ。お前はどう出る?」
 問うた。
 言葉をかけられた方は、一瞬間を空けて、難しい顔をする。
「だ、だから……そうだな、早く皆を安全な所へ移動させて、それから……。ああでも、争いはしない方向で」
「交渉は決裂したんだろう」
「だからもう一回」
 は殊更呆れたように溜息をついた。
「グウェンダル。何か要求があっただろう?」
「そ、そうなのか?」
 探るように見るユーリ。
 言うべきか、言わざるべきかと悩んでいるように見えるグウェンダル。
 今まで押し黙っていたルックが、鼻を鳴らした。
「非戦闘民の危険からの回避は、早急に行われるものだろ。それが為されてない。つまり、為されないに足る理由があるに決まってる。例えば――絶対に呑めない要求を、突きつけられ、脅されてるとかね」
 の考える、そのものずばりを口にするルック。
 コンラッドが苦笑した。
「実は、その通りです」
「コンラート!」
 咎めるように名を呼ぶグウェンダルだが、コンラッドは首を振る。
 黙っていても、状況が変わるわけではないのだから、と。
「要求を呑まないうちに、民を避難させる素振りを見せたら、問答無用で主砲を打ち込むと通達してきました」
 息を飲むユーリ。
 粗方予想していた異世界組みは、大きな驚きもなく、それぞれが頷いた。
「それで……その要求って?」
 の問いに、コンラッドは苦笑した。
「魔王陛下……つまりユーリと、噂になってる、彼の王妃になるであろう娘を寄こせと」
 前者はある程度予想していたが、後者――王妃のくだりは、全く予想していなかった。
 ユーリは口を開けて驚いているし、とルックは一気に機嫌が悪くなる。
 当のはというと、目を瞬いて驚くしかない。
 わざとらしい咳払いをし、
「……とにかく、おれが行けば、当面の問題は回避されるんだろ?」
 ユーリがグウェンダルを見る。
「莫迦者」
 にべもなく、あしらわれている。
 当然、そんなものを許可できるはずがない。
 どこの国に、『脅迫されました』、『はい、そうですか』と王を渡す輩がおるか。
 だがユーリは退かない。
「だって、このままじゃヤバイだろ!」
「……どこの国が事を起こしているかも判らない。確かに、中に入って事態を収拾しなければならないが、お前では無理だ」
 は考え、うん、と頷く。
「じゃあさ、私が出向いて鎮圧してくるってどうかな」
 グウェンダルやコンラッド、ユーリが驚いたような顔をする。
 逆にをよく知る者たちは、やはりとばかりに額に手をやったり、溜息をついたり。
 さすがに付き合いが長い面々は、彼女の思考がよく分かっている。
「いやしかし、独りでは」
 歯切れの悪いグウェンダル。
 は、やれやれと肩をすくめた。
「――仕方がないな、は」
?」
「双黒ではないから、誤魔化さないと不味いが――オレが魔王と名乗って出て行く」
 彼の言に、ルックが咎めの言葉を発しようとするが、それを自身が止めた。
「だが、オレは何よりもを優先するし、魔王の意に添わぬ行動を起こすかも知れない。それでも良ければ、行こう」
 しん、と場が沈黙する。
 後、グウェンダルは頷いた。



捏造。そして無茶振り。…あんまり突っ込まんで下さい。
2007・9・11