急に右手が反応を示し、は顔を見合わせた。
 恐らくは、この場にいないルックも、同じ感覚を抱いたに違いない。
「この、反応」
「真の紋章」
 誰だと微かに考え、すぐに誰だか思いつく。
「「だ!」」


互国響動 21


 どこに居るのか、詳しい場所は分からないが、確実に血盟城の中にはいる。
 はどちらともなく、読んでいた本を閉じた。
 血盟城が広いとはいえ、探せば見つかるだろう。
「誰かに聞けば、すぐに分かるかも知れないね」
「そうだな。とにかく、二手に分かれて――」
 言いながらの部屋を出た時、丁度ユーリと行き会った。
 急いた風な2人に、ユーリは驚いて目を瞬く。
「な、なんだ? どうしたんだよ」
「ユーリ! 丁度よかった。私たちの知り合いがいるみたいなの」
「知り合いって……君達の国の、だよな?」
「そう。そういう情報、入ってない?」
 ユーリは腕組みをし、思い出すように床に視線を落とす。
 そうしている間に、コンラッドが駆けて来た。
「ああ、。デュナンという場所を知っているか? 確か、から聞いたような覚えがあるんだが」
 普通は、彼の口から出るべくもない国名。
 デュナンならば、やはりに違いない。
「お願い、会わせて」
「オレたちの友人なんだ」
 必死の2人に、コンラッドは肩をすくめてユーリを見る。
「ユーリ、彼らの友人が居るのは、独房なんだ。どうする? 不審人物の可能性も一応あるんだが」
「2人の友人が不審者のわけないだろ。早く出してやらなきゃ」
 心得たと笑み、コンラッドは部屋で待つように言って、その場を立ち去った。
「どうしよう」
「コンラッドに任せておけば、大丈夫だろう。オレたちは部屋で待っていよう」
「じゃあ、おれも」
 どうせ、許可だなんだと始まる輩がいるだろうからと、ユーリは笑んだ。


 部屋に連れて来られたを見て、は嬉しくて思わず彼に抱きついた。
 驚く声など全く無視で、ぎゅーっと締める。
「うわー、っ、久しぶり!」
「ほんとに久しぶりだね!」
 に抱き締め返されたかと思ったら、いきなり引っぺがされた。
 見れば、がひどく笑顔で。
。いい度胸だな」
「いやだなさん。そんなに怒らないで下さいよ、久しぶりなのに」
 2人して、からからと笑う。
 普段の彼らを知らないユーリは、妙に冷や冷やしているように、には見えた。
 単なるじゃれあいだから、気にしなくていいと、とりあえず言っておく。
 とにかくと席について落ち着き、コンラッドが持ってきたお茶に、それぞれ口をつけた。
 お茶を飲みながら、に状況説明をする。
 ここが魔族の国であることや、人間と敵対していること、ユーリが魔王であること。
 他にも、が『魔王』に求婚されていることや、テッドがいることまで、かなり端折りながらだが、説明した。
「へぇ……随分と勇気のある人だね、『魔王』さまは。さんから、を強奪なんて」
 感心したように言い、がユーリを見る。
 ユーリは、微妙な笑みを浮かべることしか出来ないようだ。
 当人に覚えがないのだから、致し方ない。
「それで、一応は帰れるんですね」
 確認するようにを見る
「ああ、先頃にとルックで、道筋を通してはおいた。しかし……お前はどうやって来たんだ?」
「ビッキーの失敗テレポートで。なんでかな……他国ならともかく、異地にまでとは、ちょっと普通じゃないな」
 確かに普通ではない。
 『道筋』が、仮にとはいえ出来上がっているから、通れなくはないだろうが、何しろ、行き来しているのは、全員が全員、真の紋章に関わる者たちだ。
 並大抵の魔力ではないからこそ出来る芸当で、普通はこちらとあちらを、行き来できるはずがないように思えるし、呼ばれるのが真紋持ちばかりというのも、妙な話だ。
 もっとも、やルックは自主的にこちらに来たので、なんとも言えないが。
 魔王が何かしたとも思えないが、断言もできない。
 少なくとも、ユーリは何もしていないわけで。
 考え、は小さく溜息をついた。
「それにしても、尋常じゃないよね、この面子」
「そうなのか?」
 不思議そうなユーリに、が頷いた。
さんは四六時中旅してるし、ボクは国にいるし、ルックは塔にいるし。てんでバラバラだから、個々で会うのはともかく、集合するのは……滅多にない」
「へえ。状況は良いんだか悪いんだかわかんないけど、会えたっていうのは良いことかな」
 何に対してか、うんうん頷くユーリ。
 はカップの底を見つめながら、唸る。
「どうした?」
 に問われ、なんでもないと首を振る。
 こうまで『紋章』に関わりのある者が集まってくると、何かしら意味があるように思えた。
 実際がどうだかは判らないが。
 今まで黙って立っていたコンラッドが、軽く手を上げる。
「失礼。殿」
「うわ……その呼び方、よければ止めてくれますか。参謀を思い出すんで。名前でいいし、敬語も要りません」
 引き攣った笑みを浮かべるに、は苦笑する。
 コンラッドは、よく分からないといった顔で、けれど頷いた。
「では、。――あなたも、真の紋章を持っているのか」
「持ってます。お見せするのは勘弁ですが。一応、初対面なんで」
「危険は」
「は? ああ……なるほど」
 を見て、それからコンラッドに視線を移動させる。
 コンラッドが何に対して不安を抱いているか、には分かったのだろう。
 何しろ、も一国の王。
 国王を護る者の理屈は、痛いほどに分かっているはずだ。
 柔らかな笑みを引っ込め、凛とした表情で、は頷く。
「暴走したりする種の紋章ではないので、安心して下さい。それに、王様に意図して危害を加えることはありません」
 理由もなく害を与えるような、野蛮人ではないとは微笑んだ。
 コンラッドも表情を和らげる。
「無礼な発言で申し訳なかった」
「気にしないで下さい。この程度で無礼とか言ってたら、ボクの周りの人間は、無礼の塊です」
 軽く笑う
 場の雰囲気が解れて、ユーリが口を開こうとした時だった。
 ルックが面倒くさそうな顔で、部屋に入ってきた。
「……やあ。相変わらずの間抜け顔だね」
「ルックこそ、変わらずの毒舌だね」
 微笑んだままのから、ルックは視線をずらしてユーリへ顔を向けた。
「魔王。眉間皺と汁男が広間で待ってる。さっさと行ってくれば」
「うわ、当人が聞いたら怒りそうな……いや、とにかく呼びに来てくれたんだよな、ありがとう」
 ユーリが立ち上がって部屋の外へ出ると同時に、コンラッドも部屋を発つ。
 残った面々は、互いに顔を見合わせた。
 は、どっかと椅子に座ったルックにお茶を入れてやりつつ、尋ねる。
「ねえ、何かあったの?」
「さあね。何があったとしても、僕たちには関係ない」
「はっきり言うね」
 が苦々しく笑う。
 はため息をついた。
「基本的に、オレたちは部外者だしな。、お前だって紋章の力を当てにされるのは、好ましくないだろう?」
「勿論ですよ。だからって何かが起きて、ずっと無関係でいられるとは、全く思っていないですけど」
 あっさり言うに、も息を転がす。
 何も起きなければいいと、心からそう思った。



2主合流。でも基本部外者。
2007・8・22