互国響動 20 「シュウ……ボクも少しは息抜きしたいんだけど」 山のような書類を前に、少年は愚痴をこぼす。 焦げ茶色の髪の中に手を突っ込み、乱暴にかき回す。 このところの激務で、疲れが溜まっている。 だが参謀のシュウは全く意に介さず、次々と案件を読み上げた。 「其方の署名が終わりましたら、次はグリンヒルの報告書に目通しを。それが終わり次第、治水と軍備に関しての、資金の確認をお願いします」 「はいはい……」 肩を軽く回して、ペンを握る。 今朝から何枚書いたか知れない、自分の名前を、また書き出した。 これも、王となった者の宿命だろうか。 書類に埋もれて死にそうになるのは、多分、王の仕事ではないと思うが。 が戦乱を通じて、都市同盟という名だった幾つもの市を、『デュナン国』という1つの国に統合したのは、もう十数年も前のことだ。 彼の姉であるナナミは、戦争後、愛すべき人を見つけて、その人の元へ嫁いだ。 親友のジョウイは、に真の紋章の片割れを渡し、元ハイランド皇女、ジルの元へ。 そしては、デュナン国の国王になった。 右手に真の紋章――始まりの紋章――を宿した、不老の身で。 「シュウ、ちょっと小耳に挟んだんだけど」 「なんでしょう」 「とさんが、魔術師の島に向かったって本当かな」 ルックがグラスランドで大問題を起こした時以来、会っていない。 ルックは魔術師の島に戻ったというし。 彼らが顔を揃えているのなら、是非会いたい。 もも、デュナンを作るために、多くの助けを与えてくれたのだし。 だがシュウの返事は、予想通りというか。 「本当だとしても、殿には執務がある。ほいほい出歩かれては困ります」 「逃したら、次にいつ会えるか分からないのに」 むくれてみても、シュウはさらっと流してしまう。 「後で、手紙でも出せば宜しい。――さあ、早く仕事して下さい」 「鬼ッ!」 「鬼で結構」 毎度のやり取りをしながら、はペンを走らせる。 ソツなくこなして、グリンヒルの報告書を手に取った。 「学園の生徒数が増えてるね」 「戦争が終わって長く経つし、民の暮らしも安定している。将来のためにと、入学者が増加しているようです」 「そうだね。学園から有能な人が多く出れば、官吏の登用にも幅が出てくるし」 言いながら、治水と軍備の紙を手に取る。 確認している最中に、扉をノックする音がした。 次いで、声がかかる。 「失礼します!」 「どうした。殿に用件が?」 「いえ、シュウ様にお手紙が。ティントからです。それから、魔術師の島からも」 ふむ、と頷き、シュウはに向き直る。 「きちんと目を通して置いて下さい。直ぐに戻ります」 「ゆっくりでいいよ」 紙面に目を向けたまま、シュウに向かって手をヒラヒラさせた。 彼は溜息をついて、部屋から出て行く。 それを確認してから、は視線を外した。 「はー……会いたいなあ。にさん……ルックだって……」 王としての責任を放棄するつもりは、全くない。 けれど、もうずっと後ろも見ないまま働いてきたのだ。 ちょっとぐらい――と思うのも、仕方がないことだと思う。 それにしても、魔術師の島から手紙? 珍しいこともある。 「ルックからの手紙、っていうのは絶対にないな」 「わわわっ!」 唐突に、ずどん、という音がして、室内に人が現れた。 盛大に尻餅をついた少女を見、は目を瞬く。 「ビッキー!? うわ、久しぶり! って、またテレポート失敗でもしたの」 「あれれ? ここは……わ、久しぶり、さん!」 黒髪の少女は立ち上がり、杖を抱えるようにしてに微笑む。 彼女には、テレポートという術で、あちこちに移動させてもらった。 戦争中には、非常にお世話になったものだ。 「……そうだ。ビッキー、ボクを魔術師の島にテレポートさせてくれない?」 「えっ、でも……瞬きの手鏡もないし、帰りは……」 「出来るだけ早く帰ってくるし。とと、置き手紙をしておこう……」 は白地の紙を引っ張り出し、乱暴に 『ちょっとだけ出かけてきます。すぐ戻るから』 書きなぐった。 早くしないと、シュウが戻ってきてしまう。 「ビッキー、頼むよ」 「わ、分かりました。ええと、それじゃあ………えいっ!」 杖を振り、をテレポートさせる。 彼は、ビッキーが「あっ」と、何か失敗した時の声を上げたのを聞いた。 聞いたところで、今更遅いのだが。 「おっ、おい小僧、お前は何者だ!」 「はい?」 怒声を浴び、は振り向いた。 見知らぬ兵士と、城門が目に入る。 ビッキーのテレポート失敗は、今に始まったことではないから驚かないが、飛んだ先が全く分からないのは問題だった。 兵士の格好に全く覚えがないから、自分の国ではない。 かといって、親交のあるトラン共和国の兵士の格好でもない。 さすがに、トラン以外の他国兵士の格好を、詳しく覚えてはいないし。 (ビッキー、どこに飛ばしたんだ?) 周囲を見ても、見覚えがない。 自分がでかい城の前にいて、下を見れば栄えていそうな街――国だろうか――があるが、自身の治めている場所でないことだけは確かだ。 困惑していると、兵士に腕を掴まれた。 「聞いているのかっ。いきなり目の前に現れて……何者なんだ」 「怪しい奴め!」 兵士2人は、警戒心むき出しだ。 「い、いや、ボクは怪しい人間ではありません」 「人間だと。王城に用事か、許可証は持っているんだろうな」 「は!? ええと、許可証……ないです。王城って、誰の城ですか」 疑問をそのまま口にしたに、兵士2人は顔を見合わせて呆れ返る。 「お前、頭は大丈夫か。血盟城の主は、ユーリ魔王陛下に決まっている」 「ま、魔王……血盟城?」 なんだろう、それは。聞いたことがない。 ますます訳が分からなくなり、眉間に皺が寄る。 「……怪しいな。魔王陛下に仇名す人間かも知れんぞ」 「一応、捕まえておくか。何もない所から、唐突に現れる人間というのも、聞いたことがないが……」 「あ、あの」 「いいから来い」 兵士のうちの1人に腕を掴まれたまま、は城門をくぐり、王城へと入る。 抗おうと思えば、簡単に伸してしまえるだろうが、状況が分からないままだ。 は、とりあえず大人しく連行された。 行き着いた先は独房。 突き飛ばされ、たたらを踏んでいる間に、背後で錠が下りる音がした。 「少しここにいろ」 「あの。ここはデュナンではないですよね」 「……何を言っているんだ? とにかく、ここにいろ」 兵士が行ってしまうと、途端に静かになった。 後頭部を掻き、石壁に背を預ける。 昔、こうして牢獄に叩き入れられたことがあった。 あの時は友人と一緒だったなと、こんな状況で笑みが浮かぶ。 「――あれ」 右手が、軽く疼いた。 馴染みのある感覚。 真の紋章持ちが側に居る時の、共鳴反応。 「まさか……居る……?」 丁度、と、ルックが、同じ感覚を味わっているなど、は知るよしもない。 2主ご到着。 2007・8・3 |