互国響動 16 晩餐が終わった後、はすぐさま自室に戻り、堅苦しいドレスを脱いだ。 ゆっくりと入浴を済ませ、寝支度を整えようと寝巻きを手に取り――唐突に、散歩しようと考えた。 一度は手に取った寝巻きを放り、いつもの服に着替える。 腰に武器を着けて、部屋を出た。 中庭へ向かって歩いていると、コンラッドが部屋から出てきた。 彼はの姿を見止め、片手を上げ、それから近づいた。 「やあ。もう着替えてしまったのかい?」 「ああいうスースーするの、苦手で……。それよりコンラッドはどうしたの? まだ寝ないの?」 「いや、もう少ししたら寝るつもりだよ。君は?」 散歩だと告げると、彼は少し考え、 「それじゃあ、俺もご一緒しようかな。――いい?」 問いつつ、の横に立つ。 否の理由もなく、彼女はコンラッドと共に中庭へと向かった。 中庭はひんやり肌寒い。 こちらの暦はよく分からないが、自国の秋頃の気候と似ているとは思った。 は城の壁に背を預けている。 コンラッドも同じようにして、夜空を見ていた。 「……ねえ、コンラッド。魔族は、人よりも長生きなのよね」 「そうだよ」 「長く生きるって……辛くないの?」 我ながら馬鹿げた質問だと思う。 魔族にとって、人より長いそれは普通の事であって、奇異な物事ではないのだ。 コンラッドは軽く笑った。 「俺はこれでも短い方さ。ハーフだからね。――は辛いのかい?」 質問を切り返され、は足先で砂を掻く。 「どう……かな。……うん、でも、辛い事もあるよ」 「例えば?」 「独り旅の時の……孤独感かな。長い間を独りだと、凄くキツい」 コンラッドはの言葉に、少しばかり驚いた。 「とずっと一緒だったんじゃないのか?」 「離れた事もあるの」 1度目の戦乱が終結して暫く後の事。 とは、行動を別にしていた。 ――の世界を、俺で狭めてしまいたくないんだ。 そう言う、彼の気持ちが分かったから。 だから一度離れた。 「意外だな……」 「何が?」 「は、を絶対に手放さないように思えたから」 少なからず、コンラッドはという人物をそう評していた。 のために、世界を簡単に越えてやって来た人物だったから。 考えれば、ルックもその種の人物だ。 2人は彼女を大事にしているように思えるし、また、それは間違いではない。 「離れた頃は、今まで『普通』にしてた多くの事が壊れてた。多くの人に出会って、別れて」 国は平和になったけれど、以前とは確実に違う『生活』をしなければならなくて。 「いつも自分が側にいるから、私に好きな人が出来ないんじゃないか――なんて思ったみたいでね、離れようって」 「それで、離れた?」 「私も、いつまでもに甘えてちゃ駄目だろうと思って。――でも」 実際、独りで旅をして数年。 分かった事といえば、やはり、と一緒がいいという事だ。 長く生きる。永劫にも等しい時を。 紋章によって、生かされている。 今と同じ姿のままで。 それはとても恐ろしくて、寂しい事だけれど、側に誰かがいるのなら、耐えられると思った。 やルック、今はこの場にいない、かつて共に過ごした仲間がいるのなら。 他人に寄りかかる、甘えた話ではあるが。 コンラッドはが髪を後ろに流す様子を見、それからまた正面に視線を戻した。 「が羨ましい。君にそんなに想われて」 は彼の発言にきょとんとして、顔を上げた。 コンラッドの顔をジーッと見る。 彼の視線がへ向くと、 「コンラッドだって大事に思ってるよ?」 彼女はくすりと微笑んだ。 その、艶やかな笑み。 コンラッドは一瞬、意味も分からず、ごくり、と喉を動かした。 少女の姿らしからぬ、色香の宿った笑みだったからだと、彼は気づかない。 自分を誤魔化すように、彼は話を続ける。 「参ったな、君は素直だ」 「そーぉ? 最近は大分ヒネたと思うけど」 「年頃の子みたいに、恋愛したいと思わないのかい」 「そんな『年頃』でもないと思うけど」 魔族からしたら、まだまだ年頃か。 質問の意図はともかく、は困った。 美味しいものを食べて、温かい布団で寝て、起きて。 そこにがいれば、嬉しい。 ルックやがいれば、もっと嬉しい。 「とかルックがいるだけで、もう充分ーってなっちゃうのかなあ……。あーでも、2人に彼女が出来て、私から離れて行っちゃうのは嫌だな」 いつでも、声の届く範囲に居て欲しい。 ある意味物凄く我侭な考えだけれど。 コンラッドは笑み、の顔のごく近くに、自身の顔を寄せた。 驚いて目を瞬く。 「……? どうしたの?」 「俺がこんな風に近くに来ても、は胸が高鳴ったりしない?」 「へ?」 彼の指先が、の耳朶に触れる。 ひくんと肩を震わせ、でも、状況整理が出来ていない彼女の耳元で、コンラッドは囁いた。 「俺じゃあだめかい?」 「なにが?」 「俺じゃ、の恋人にはなれない?」 ……。 微かな無言の後の刹那。 の右手から、一瞬紫色の洸が放たれ、コンラッドの身体を押した。 唐突に彼女の正面に壁が現れたような。 うわ、と声を上げてはコンラッドから距離を取り、左手で右手を押さえる。 「わ、わ、ちょっと、なにっ! っ、なにしてんの!?」 当人にも余り理由の分からない、紋章の力の発揮で、思わず繋がっているであろうに問いかける。 の『紫魂』ではなく、の『生と死』からの力の放出。 つまり、の身が危険だとソウルイーター()が判断したから、勝手に彼女を護ったのだ。 知ってか知らずか、コンラッドは苦笑を零す。 「と付き合いたい男は、まずに許可を貰わなきゃいけないみたいだ」 そうでなければ、触れる事さえままならない。 やっとの事で紋章を落ち着かせたは、コンラッドに向き直る。 「ええっと、さっきの『恋人』云々の話だけど……」 「ああ」 「そーいう冗談は、もっと可愛い子に言った方がいいよ」 しれーっと答えるに、さしものコンラッドも言葉がない。 目を瞬いている彼の肩を軽く叩き、は笑った。 「話と散歩に付き合ってくれて、ありがと。部屋戻るね!」 ばいばいと手を振り、はさっさと歩いて行ってしまう。 後を追おうとしたコンラッドの前に、いきなり不機嫌紋章師、ルックが現れ足を止めた。 「やめときなよ。いくら言ったって、効果ないんだからさ」 「……そうなのか?」 「さっきので分かっただろ。は相当ボケてる。落としにかかるなら、本気にならないとね」 ルックはため息混じりに、自身の髪を撫でつけた。 「もっとも、も僕も、それをあんたに許す気はないけどね。今更、誰かにもって行かれるなんて御免なんだ」 「長い間、君たちが護ってきたからか?」 「そう。護り、護られてきた。特にがね」 ルックは、恐ろしく綺麗に笑む。 「あんたや魔王陛下とやらに、のために呪われた紋章の眷属を身に宿したの気持ちを、動かせる?」 言うだけ言って、現れた時と同じように、ルックは姿を消した。 残ったコンラッドは暫くその場に立っていたが、溜息をつき、城の内部に戻ろうと歩を進める。 ユーリが立派な王として立つまでは、恋愛事になぞかまけている場合ではない。 けれど、先ほど見たの艶いだ笑顔が、頭から離れなかった。 2007・6・22 |