互国響動 15



「さて、もう少し出歩く? それとも、もう城に戻ろうか?」
 店から出て直ぐ、コンラッドがそう聞いてきた。
 ヴォルフラムは鼻を鳴らす。
「おいコンラート、まだを連れ回す気か? じき暮れる時間だぞ」
「分かってるさ。で、どうする?」
 コンラッドに覗き込むようにされ、はうーんと唸る。
 夜の城下町を見てみたいとも思うが、それまでの間、2人を連れ回すのも申し訳ない。
 そろそろ帰ろうかと口に出す前に、ステキな声色の女性が、コンラッドに後から抱きついた。
 至近距離にあったとコンラッドの顔が、それなりの勢いで衝突した。
 口唇がぶつかる、なんていう色っぽい展開は全くなく、ゴヅ、という手酷い音がして、2人は額を打ち合わせた。
「うぁ……痛い……」
「す、すまない。急だったから……」
 申し訳なさそうにするコンラッド。は軽く手を振った。
 ――それより、先ほどから彼に抱きついている金髪の美女はなに?
 驚いて目を丸くしているを、女性の妙に艶やかな瞳が射抜いた。
 途端、彼女は胸の前で手を組み、目をキラキラさせた。
 ぎくりと身を引くを他所に、彼女は高らかな声を上げる。
「あぁーん! もしかして貴方が陛下に求婚された方!?」
「え、え、え?」
 目をぱちくりさせ、は急激に近づいてきた金髪美女に少々押されながら、一生懸命、状況判断に努める。
 ――が、当然さっぱり分からない。
 胸の谷間で窒息しそう。男だったら相当喜ぶだろうが、残念ながらは女だ。
 もがいていると、唐突に彼女の身体が離れた。
 コンラッドが助けてくれたみたいだ。
「あぁんコンラート。何をするのよ」
「それはの台詞でしょう。困惑しているじゃないですか」
「だぁってぇ、彼女がとってもキュートだから、ついふるい付きたくなっちゃって」
 ――そいつぁ、貴方の事ではないですか。
 困ってヴォルフラムを見ると、彼は眉根を寄せて、頬を赤らめていた。
「……母上、はしたない真似はお止めくださいっ」
 は。ははうえ。ははうえ!?
 ヴォルフラムの母親という事は、コンラッドの母親でもある訳で。
 思わず、まじまじと見てしまう。
 出るトコは出て、引っ込む所は引っ込んでいるという、まさに女性の理想体型。
 くるくる巻かれた長い金髪、青……というより翠玉色の綺麗な瞳。
 男性ならコロリと行きそうな、この女性が、
「は、ははうえ様ですか……随分と大きなお子がいらっしゃる……」
 グウェンダルもあわせまして、3人の子持ち。
 信じられない。
 女性は、ヴォルフラムに向かって小さく膨れ面をした後、佇まいを直した。
「お初に御目にかかりますわね、わたくし、フォンシュピッツヴェーグ卿ツェツィーリエよ。ツェリって呼んでね」
「は、はあ。初めまして、・マクドールです」
「可愛らしいお名前ね。もっと貴方の事がよく知りたいわ」
「え、ええ、あの……はい」
「それじゃあ、今日の夕食をご一緒しませんこと? 皆で食べた方が美味しいわ!」
 唐突な申し入れだ。
 どうしたものかとコンラッドを見ると、彼は苦笑して
「用事がないなら、付き合って下さると嬉しいよ」
「そ、そぉ……? じゃあええと……はい。そうさせて頂きます」
 ツェリは嬉しそうに微笑み、ヴォルフラムの腕をがしっと掴んだ。
「は、母上!?」
「それじゃあ行きましょう。早く支度しなくちゃ」
 ……どうしよう。なんか、大仰になっていないか?
「ごめん。乗り出したら止まらない母なんだ」
「そ、そーみたいね……」


 正直、堅苦しいのは嫌いだ。
 見事に並べられた料理を前に、は少しばかり居心地の悪い気分でいる。
 ドレスなんていう、初めて袖を通す物も違和感たっぷりだし、とてもゆっくり出来そうにない。
 いつもは軽装ののドレス姿に、ユーリは、「うわ、すげー、うわー」と褒めているんだか貶してるんだか分からない叫びを上げた。
 は「可愛いよ。食べていい?」とか冗談ともつかない台詞を、本気の声色で言うものだから、は思わず引き攣った訳だが。
 隣に座っているはさすがで、正装が眞魔国の人と同等ぐらいにきまっている。
 ルックは例の如く、
「面倒くさい」
 ひと言で晩餐の誘いを無視。強い。

 乾杯からの流れで食事を済ませ、やっとデザートまで漕ぎ付けた。
 マナーなんぞ知った事か的な気分ながら、幼い頃に叩き込まれた一連のテーブルマナーはそれなりに生きていたようで、特に注意もされなかった。
 お目こぼしの部分は大いにあったと思われるが。
 食事の最中に、ツェリは多くの質問をに投げかけた。
 答えられる範囲で、2人は様々な事を答えた。
 紋章に関しては、ツェリも答え辛いものだと事前に知っていたのか、聞いてきたりはしなかった。
たちは、色々大変なのね。わたくしも旅をするけれど、其方の話ではもっと大変そうだわ」
 ユーリが苦笑しながら、
「ツェリ様は、自由恋愛旅行をしてるんだ」
 彼女の旅の目的について教えてくれた。
 自由恋愛。
 元魔王だというから、束縛された生活から抜け出た発散のようなものなのだろう。
 ツェリは小指を立てて紅茶を口にする。
の国元は一緒なのよね? どんな所なのかしら」
 問われ、が口を開く。
「大統領が守る、とても優しい国です。今はね」
 今は、と付け加えたは気取られぬ程、小さな苦笑を零す。
 そう――今は真っ直ぐな、優しい国だ。
 騒乱のあの時代からは考えられないほどに。
 ツェリはうんうんと大きく頷く。
 その瞳が、急に艶っぽくなって、を見つめた。
「ところで……2人は何歳なのかしら? 愛に年は関係ないけれど」
「母上っ!」
 ヴォルフラムが怒るが、ツェリは組んだ両手を自身の顔の横にやる。
「だぁってぇ、ってば凄くカッコイイんですもの! 陛下と同じ色の御髪! 紫の目! ステキじゃない!」
 確か、魔族は見た目×5の年齢だとユーリに教えられたなあ、なんて思いながら、は紅茶のカップを皿に置いた。
 はツェリの艶やかな瞳に全く顔色を変えず、にこりと微笑んだ。
「オレと、何歳に見えますか」
「そうね、2人は人間だから……は18くらい? は16くらいかしら」
 予想済みの返事が帰ってきて、は顔を見合わせて肩をすくめた。
「残念ながら、違いますよ」
「あら、もっと年上?」
「オレとは多分――30代ですかね。真面目に数えなくなったんで、怪しい所ですが」
 一気に、場がしんとする。
 コンラッドもヴォルフラムも、グウェンダルさえも、驚愕に目を見開いている。
 ユーリはただでさえ大きい目を、更に大きくしていた。
「え、ちょ、ちょっと待てよ。君らの世界じゃ、そういう魔法があるのか? それともそっちの人ってみんな長寿!?」
「違うよユーリ。コレのせいなの」
 は軽く右手の甲を見せる。
 普段は消えている紋章は、今はが凄く近くに居るから、薄っすらと存在を顕在化させていた。
「紋章のせい?」
「うん。真の紋章の保持者は、基本的に成長しない。それを付けている限りは、肉体年齢が止まる」
「多少は育つが、恐らく今以上に成長する事はないな」
 コンラッドは顎に手をやり、の紋章に視線を向ける。
「といういう事は――不老不死なのかい?」
「不死者ではないよ。不老ではあるけれどね」
 ツェリは、まぁあと喜びながら、うきうきした声で言う。
「永遠の少年少女ね! 何てステキなの!!」
 それを聞いた途端、は苦い顔をした。
 素敵? そんなものじゃない。
 『コレ』は、そんな夢のあるものでは。
 押し黙った2人に気付いてか、グウェンダルは眉間を寄せる。
 何を言うでもなかったけれど。
は、ユーリ陛下の婚約者になって、どう?」
「へ? あ……えーと、どうって言われても……」
 唐突に会話の舵が別の方向に向いて、すぐには答えられなかった。
「愛を確かめ合ったりはしていないの?」
 ユーリが慌て出す。
「つ、ツェリ様、その、おれとはっ」
「ユーリ! 何を赤くなっている!!」
 例によって例の如く、ヴォルフラムが怒り声を放つ。
 ツェリはつまらなさそうに指先を弾いた。
「陛下との子なら、とっても可愛らしいだろなあって思うのよ?」
 ――ちょいと飛びすぎですよ、ツェリ様。
 紋章が少しだけビリッと来た。
 、何気に怒っていませんか?
「陛下が駄目なら、コンラートやグウェンダルはどう?」
「す、すいません、なんの斡旋ですか……」
「あら、分かるでしょう? 女は恋をしてより綺麗になるのよ。コンラートは優しいし、グウェンダルは頼りになるわ。ヴォルフラムは陛下に首っ丈だけれど」

 ……。
 その後、暫くの間ツェリ様の、『とわたくしの息子をくっ付けたい話』は続きましたとさ。



ツェリさまびゅーちふる。
2007・6・3