互国響動 14 国内に不穏な流れがあるんじゃないか。 不吉な言葉を耳にしたのは、が兵士の訓練所を見学した帰りの事だった。 少し先で話をしていた侍女たちは、の存在に気付かない様子。 立ち聞きをしているのも宜しくないだろう、という事で、前に出た。 「あのー……」 「きゃっ! 様だわ!」 ……様? 侍女の1人、赤い髪の女の子が、恥ずかしそうに胸元に手をやる。 「お声がけして頂いて、光栄ですわ!」 もう1人、緑色の髪の子が、深々とお辞儀をする。 ちょっと待って。私って、いつからそんな、頭を下げられる程の人になった? 「あの……別に私に、そんな丁寧な態度は要らないと思いますが」 「何を仰るのですか! ゆくゆくは陛下とご結婚なさる方ですもの!」 なるほど。そういう流れなわけね。 一応の納得はするが、そういう扱いは少しばかり困惑の種だ。 何しろこちらは、一介の旅人に過ぎないわけで。 そう言ってみても、彼女たちの態度は変わらなかった。 諦めて、本題に入る。 「さっき、不穏な流れとかなんとか、言ってましたよね?」 赤い髪の子――ラザニアというらしい(おいしそうな名前で……)――が頷いた。 「そうなんです。この間の騒乱も、ユーリ陛下を狙ったものだとかいう噂もありますし……」 「武装した者たちが、王都に入ってるという噂もあるんですよ」 緑髪の子(こっちはサングリアさんと言うそうな)の発言に、は少し眉をひそめた。 「どこから回ってきた噂?」 「城下に行った時に聞いたんです」 ……城下。街かあ。 は顎下に手をやり、床に視線を落とした。 確かにこの間の争いでは、ユーリが狙われていた気がする。 首謀者も不明のままだし……用心するに越した事はないだろう。 もっとも。 ――私が気にしなくても、グウェンダルさん辺りが、もう警戒し出してるだろうな。 「どうもありがと。それじゃあ、仕事頑張ってね」 軽く手を振り、はの部屋を目指して歩いた。 「……とまあ、そういう話を聞いたんだけど」 の部屋で、はその場の2人――とルック――に、先ほど侍女から聞いた話を話して聞かせた。 ルックは鼻を鳴らして紅茶を飲む。 はというと、同じように紅茶に口をつけてから、口を開いた。 「オレたちは基本的に部外者だ。他国に入れ込むべきじゃない」 「同感だね。宿星でもないし、厄介ごとに首を突っ込むのは賛成しないね」 ただでさえ、テッドの件で色々とあるのだからと、ルックの視線が雄弁に語っている。 はため息をつく。 「戦いに加担するのは、この前のが最初で最後にしたい。紋章の力を利用されるのは御免だしな……」 それは分かっている。 とルックが正しいと。 自分たちは部外者で、この国のなんたるかも知らない。 問題は、彼ら自身で解決すべきだ。 ……分かってはいても、ユーリが苦労する様子を見ていると。 「なんていうか……ユーリって、王になりたての頃のを見ているようで」 頬杖をついて言うに、とルックが、ああ、と納得する。 「確かに。ユーリは、別の世界では学生だったんだっけな」 「国と関わりのない人間だったといえば、似てるかも知れないね、とユーリは」 片や小さな町の、道場の息子。畑を耕し、日々の糧を得ていた者。 片や日本という国の、単なる学生。勉強に身を費やしてはいたが、眞魔国のそれとは種が全く違う。 性格面でも、それなり似ている部分があるような気がして、ルック以外の2人が唸った。 「とにかく、だ。国の事は、この地の者たちに任せよう」 「もしも、助けてくれって頼まれたら?」 「……場合によるだろ」 苦笑するを横目に、ルックは目を瞑る。 「僕は協力なんて面倒な事しないからね」 「……とか言って、が危ないと手助けする癖に」 「五月蝿いよ、」 くすくす笑うの前で、とルックは、またひと口、紅茶を飲んだ。 の部屋からの帰り、はふと思い立って、コンラッドの部屋に立ち寄った。 いないかなーと思いながらノックすると、中から部屋の主の声が。 「です。ちょっとお願いが」 「お願い? 俺に?」 扉を開けて、不思議そうな顔をするコンラッド。 は頷いた。 「城下町に連れて行って欲しいんだけど……」 ――とお願いし、城下町に来たのはいいのだが。 は、実に不機嫌そうな顔で先を歩いているヴォルフラムを見て、小さく肩をすくめた。 彼はそれに気づき、ムッとしたような声でを呼ぶ。 「なんだ。僕が居る事に不満でもあるのか」 「いや、そうじゃないけど……なんでコンラッドがいるのに、ヴォルフラムまで?」 そう。の隣にはコンラッドがいる。 彼と一緒に外へ出ようとした時、ヴォルフラムがやって来て、そのまま彼も同行と相成ったのだった。 正直、コンラッド1人だけでも周囲の目が気になるのに、ヴォルフラムまで来たら余計に目立つ。 城下町だけあって、彼らの存在は誰にでも直ぐ分かるようで。 そうなると、傍にいるにも目が向いて、「あの子は誰だ」だの、人によっては「陛下の第2婚約者様!」と叫ばれたりだのと、至れり尽せりである。 「仕方がないだろう。ユーリは勉強中だし、護衛は必要だ」 「だから、コンラッドが護衛してくれてるのに」 「コンラートと2人きりで一緒にいてみろ! 子供ができるぞ!」 ……。 …………。 は思わず、ヴォルフラムを物凄い怪訝な目で見てしまった。 無理もないだろう。 だって、にとって、コンラッドは誠実の塊みたいな人だという認識があるのだから。 笑顔が爽やかで、でも他の魔族から比べれば地味――というと失礼だが、華やか過ぎない落ち着いた顔で。 何事にも分別があって、優しくて、でも締める所は締める。 彼に対する言葉を探したら、褒め言葉しか出てこない気がした。 なのに、子供だって? 言われたコンラッドを見ると、彼は苦笑している。 「酷いなヴォルフ。俺が、相手に了解を得ないで何かをするとでも?」 「大いに有り得る!」 「まさか。確かには可愛いけど、陛下やに殺されたくはないからね、そんな事はしない」 軽く両手を上げるコンラッド。 は頬を掻いた。……可愛いとか言うなよ。 「もういいから、行こうよ。近場を案内してくれると、嬉しいんだけど?」 「では、僕のお勧めの店を教えてやろう! 王族御用達で、良い品が揃っている!」 「ま、待って! それは嬉しいんだけど、今はええと、できれば庶民に近い所がいいの。食料品を扱ってる所とか……生活密着型?」 首を捻りながら言うと、ヴォルフラムは不機嫌そうに口唇を尖らせた。 コンラッドがくすくす笑う。 「それじゃあ俺が案内するよ。ただし、裏通りなんかの危険な所は省くよ」 「ありがとう。お願いします」 先を行くコンラッドについてゆく。 ヴォルフラムも、仕方なく後をついて行った。 どこの世界でも、商魂たくましい人間というのはいるものだなあと、は露店で売られている『ユーリグッズ』を見て思う。 あちこちの庶民派商店を見て回った結果、分かったことの1つ。 魔王陛下万歳! な物品が多いという事。 休憩しようと入った喫茶店でメニューに乗っていた、魔王クッキー。 頼んで食べてみたはいいが、ちょっと粉っぽかった。 「ユーリグッズが多いねー、ほんとに」 「皆、陛下が好きなんだよ」 「僕の伴侶だしな、当然だ!」 物凄いズレた事を自信たっぷりに言うヴォルフラム。 コンラッドは苦笑し、を見た。 「この国はどうだい?」 「うん。道は綺麗に整備されてるし、商店も、人の行き来も多いね。物価も安定してる」 「王都だからね。一番、王の手が届き易い」 頷き、けれどは外を見ながら呟いた。 「一番、外部の乱れが伝わらない場所でもあるけどね」 コンラッドは目を瞬き、ヴォルフラムは鼻を鳴らした。 「随分と知ったような口を利くな、」 「どこか、王宮にいた事でも?」 「そうだね……ずっと前に、ね」 浮かべた笑顔が寂しげなものだと、は気づかなかった。 ――ずっと前。と共に、近衛兵の仕事をした、あの時。 あの頃のようにテッドと一緒に笑い会える日が、また来るだろうか。 全部を当時には戻せないけれど、テッドが戻ってきてくれたら。 「……?」 声をかけられ、はハッとしてヴォルフラムを見る。 「ごめん。ぼーっとしてた」 コンラッドはの寂しげな笑顔が気になっていたが、特に追求する事はなかった。 「まあ、今日君を案内したのは、治安のいい所が主だったし。裏に行けば、それなりに危険だ」 「どこの国でも、やっぱりそれは相応ってところなのかな」 「の国もそうだったのかい?」 「私の国……かあ」 「今度ゆっくり聞かせて欲しい。君の育った場所の事とか、世界をね」 爽やかな笑顔で言うコンラッド。 ヴォルフラムは荒々しくテーブルを叩いた。 ソーサーとカップが、結構な音を立てる。 「コンラート! そうやってを誑かすな!!」 「誑かしてなんてないだろう?」 「、騙されるなよ。こいつは悪びれのない笑顔で、何をするか分からないからな」 実の兄に対して、この言いよう……。 ある意味凄いと感心する。 しかし、その言葉の意味というか、根拠は不明である。 コンラッドを見ると、彼は失笑するばかりであった。 2007・4・27 ブラウザでお戻りを |