テッドは、目覚めない。
 ルックが来て、状況が少しは変わるかと思った。
 彼がテッドを看て分かった事。
 それは眠りに落ちている彼の肉体は、強力な魔術で縛られている、という事。
 そして――彼には魂と呼べる物がない事だった。



互国響動 13



 落ち込んでいても仕方がない。
 一度は完全に失ったテッドが、元の姿のまま目の前に戻ってきたのだから、喜ぶべきだ。
 思う心とは裏腹に、気持ちは晴れやかでない。
 動いて、笑って、怒って欲しい。
 いつかそうだったように、「一生のお願いだ」って、言って欲しい。
「……?」
 声を駆けられ、は身体を窓枠から離した。
「ユーリ」
 振り返れば、この国の王、ユーリの姿があった。
 午前中の勉強が終わった後だろうか。
 少し、疲れているように見える。
「勉強の帰り?」
「いや、今日は書類にハンコを押しまくってた。おかげで肩がガチガチだよ」
 肩を回すユーリに、は軽く笑う。
 自分の知る『王』も、こうしてよく肩を回していた。
 外で畑仕事とかする方がいいと散々嘆きながらも、国のために必死になっていた彼は、今も元気でやっているだろう。
「どうしたんだ? なんか悩みがあるなら、おれ聞くよ。より頼りにならないかも知れないけどさ!」
「大丈夫。考えても、落ち込んでも、仕方がないんだって分かってるの」
 納得は出来なくとも、今、目の前にある事象がそうなのだから。
 言うと、ユーリは息を吐いて肩を落とす。
 どうしたのと彼を覗き込むと、ユーリは急にの目を射抜いた。
「……あのさあ、おれ、そんな頼りないかな」
「そんな事ないと思うけど」
の悩みを聞けないほど、おれ、駄目かな」
 ガリガリと後頭部を掻くユーリ。
 ああ、彼は心配してくれているんだ。
 自然に柔らかい笑顔が浮かぶ。
 ユーリは、何かに驚いたみたいな顔をしてを見た。
……?」
「違うの。私のこれは、悩みって言うより我侭だから」
「我侭?」
 うん、と頷く。
「テッドはね、前は……や私といる時は、いつでも明るくて元気だったから……ちょっと変な感じっていうか。前みたいにいて欲しいっていうか」
 今のように、眠り続けて静かな彼はあまり馴染みがなくて。
 だから早く起きて、前みたいに、少し騒がしいぐらいにしていて欲しい。
「ほんと、我侭。本当は彼、死んじゃってるはずなんだから……無理なのにね」
「紋章に命を……その、吸われたんだろ?」
「そう。彼が望んだ。悪い奴に操られて、に弓引くより――って」
 ユーリは形容し難い顔をしている。
 言葉が見つからないのだろう。無理もないが。
 暫しの沈黙。
 後、彼は細い声で呟いた。
「ごめんな……。おれが自分で魔王モードになれれば、テッドが眠ったまんまの理由なんて、すぐ聞けんのに」
「そんなの、ユーリが謝る事じゃないよ」
「この世界に引っ張ったのも、おれだし」
「それは初代眞王とやらでしょ。平気よ。人生の中じゃ、これはそんなに酷い事じゃない」
「人生って……そんな年老いた人みたいな」
 苦笑するユーリ。
 は、彼に自分の年齢を言っていなかった事に気付いた。
「あのね――」
「あらあら坊ちゃん、こんなトコでデート? グリ江、泣いちゃうわ」
 坊ちゃん。
 のお傍役みたいな事を言うなあ、なんてが思っていると、ユーリが明るい声を出して手を振った。
「ヨザック!」
 呼ばれた男は軽く微笑み、軽い足取りでこちらへやって来た。
 鳶色の髪に青い目。がっちりした体。
 心の中で、はうわぁと思った。
 ――ビクトールみたい。
 傭兵仲間というか、旅仲間というか――形容すると、熊のようだった男に似ている。
 ビクトールの荒々しい雰囲気を少し削ってみれば、この人になる気がした。
 ちなみに、美形度はこの人の方が断然上。
 ヨザックと呼ばれた男性はを見て、自身の顎下に手をやる。
「ふぅーん。もしかしてこちらさんが、『』かい?」
「え、を知ってるの?」
 驚くユーリに、ヨザックはにやりと笑う。
「おいおい陛下。俺が諜報員だって知ってるだろ? 情報はいち早くがモットーだ」
 は、『ヨザック、諜報部員』と記憶する。
 状況に置いてけぼりを食らっているのために、ユーリは咳払いをした。
、紹介するよ。グウェンダルの部下でお庭番のグリエ・ヨザック。女装が趣味だけど、害はないから」
「グリ江ちゃんでーす」
 語尾にハートマークがつかんばかりの、ちょっとした女の子の素振りで自己紹介するヨザック。
 手を差し出す彼。は臆せずに握手をした。
・マクドールです。……お庭番って事は、ニンジャ?」
「ええ!? の世界って忍者がいるのか!?」
「うん。知り合いに何人か」
「へー。会ってみたいなあ! やっぱり、水遁の術とか使うのか?」
 ……なんだろう、それは。
「ごめん、それは知らない」
 残念そうにするユーリ。
 ごめんよ……だって本当に知らないんだもの。
「ところで、彼女がユーリ陛下の新婚約者だって話は本当なんですかい?」
 ヨザックの言葉に、途端、ユーリの顔が赤くなる。
 慌てるように手を大きく振って、でもそれは間違いのない事実だったから、一応その通りだという旨は伝えていた。
「で、でもな……その、ヨザック、あのな」
 どもるユーリを他所に、ヨザックはの顔をまじまじと見つめていた。
 その瞳は、人を勘ぐるような。
 はっきり言って、好意的なものではない。
 彼はやれやれとばかりに溜息をつく。
「……俺には、そこら辺のお嬢ちゃんと変わらんように見えるがねぇ」
「というと?」
 は先を促す。
 言われる事は、なんとなく理解ができた。
「あんたが、王妃になるような輩に見えないって事さ」
 考えていた通りの言葉がやってきて、思わず苦笑する。
 その笑顔をどう取ったのか知らないが、ヨザックは片眉を上げた。
「よ、ヨザック? 何、に突っかかってんだよ。ヴォルフラムみたいな事すんなって」
「別に突っかかってる訳じゃありませんよ。事実を言っているだけです」
 何も言わないに、ヨザックは更に続ける。
「王妃になるって事は、国を横から支えるって事だぜ? 正直、あんたにその力があるとは思えんね」
「ヨザック!」
 さすがにユーリが怒鳴るが、それを止めたのは、他ならぬだった。
 彼女は、まだ何かを言おうとしていたヨザックを射抜く。
 けして睨んではいないが、ヨザックは言葉を止めた。
「そうね。確かに私がこの国の王妃になるのなら、足りない物が多い」
「例えば?」
「地理を知らず、産業を知らない。国民性を知らない。何が脅威か、そうでないかを知らない。風習さえも。――つまり、国についてを全く知らないに等しい」
 つらつらと言うに、ヨザックとユーリは目を瞬いた。
 そんな2人を見て、くすりと笑う。
「そんな基本さえ知らないで、国王を補佐などできない。できると言う輩がいたら、それは大馬鹿者だわ」
 人を治めるとは、簡単な事ではない。まして国を治めるなど。
 解放軍リーダーとして、腐敗した国家と戦ったのの横で。
 都市同盟という名の元の市を、1つの巨大な国にまとめ上げた国王の横で。
 敵国と闘う巨大船の船長の横、国家転覆を図った者から、国を奪い返そうとする王子の横で。
 その中で、は多くのものを目にして、学んできた。
「……国を守ろうとする者は、国民や大地を血肉と思え。兵士の声に耳を傾けよ。彼らは国に命を捧げる勇士なのだから。
 民の声に耳を傾けよ。彼らなくして、王などという名は無意味なのだから」
 瞳を閉じ、まるで唱えるように言う
 ヨザックとユーリは、言葉を発せずにいる。
 は軽く笑った。
「私に、王妃の力量なんてない。できる事は、精一杯やるつもりだけれどね」
殿ーーー!」
 遠くからギュンターがを呼ぶ。
 彼女は手を振って、それからユーリたちを見た。
「なんか呼ばれてるから、行って来る。じゃあまた! ヨザックさん、今度またゆっくり!」
「あ、ああ……」
 言うが早いか、今までの凛とした雰囲気はどこへやら、さっさと立ち去ってしまった。

「……陛下」
 ヨザックは、の立ち去った方を見ながらユーリを呼ぶ。
 ユーリが顔を上げると、彼は物凄く――なんというか、嬉しそうな顔をしていた。
「な、なんだよ」
「いや、すみませんでした。あれは並大抵の女じゃねえや」
「……なんか、凄いよな」
「陛下、俺、応援しますよ。を絶対手に入れて下さいよ」
「うん。…………って、エェ!?」




先々出番がなさ気なヨザをちょろりと(笑)
2007・4・10