互国響動 11



 例の争いの後始末が終わって、数日。
 グウェンダルの居城、ヴォルテールに寝泊りしながら、テッドの情報を待っていた
 今日も元気に騒いでいる、ユーリとヴォルフラムを見やった。
 肘をテーブルに付き、厭きないのかなーなんて思いながらお茶を飲む。
「だからお前はへなちょこだというんだ!」
「へなちょこ言うな!」
 は考える。
 何故、この国では男性同士での婚約に、誰も疑問をぶつけないのだろう。
 は考える。
 何故、彼らは私が借りている部屋にわざわざ来て、大騒ぎするのだろう。
 ヴォルフラムはユーリがここにいるからと追ってきて、ずっと居る。
 まさか、じゃれ合いのケンカをするために、血盟城からヴォルテール城へ来たとでも?
「……まあ、いいか」



、いるか」
 グウェンダルがノックをして入って来た。
 途端、彼の瞳は鋭く細められ、暴れているユーリとヴォルフラムを射抜いた。
「……お前達、ここで何をしている」
 不機嫌さを隠しもしない声色で、思わずは苦笑する。
 お前達、とはユーリとヴォルフラムの事。
 本来、借り主であるが寝るべきベッドの上で、ユーリがヴォルフラムに揉みくちゃにされているのを見ての事だった。
「どうやら、ケンカらしいです。ユーリがコケて、ヴォルフラムが上に乗っているという図でして」
「……ヴォルフラム、いい加減にしろ」
 兄らしく注意をするグウェンダル。
 最初こそユーリが、と文句を言っていた三男坊も、長兄の鋭い眼光には敵わないらしい。
 大人しくベッドを降りた。
 ユーリは仰々しく溜息をつく。
「全く、あんたの弟はハッスルし過ぎだよ……」
 はそれを聞いて、軽く失笑した。
 ユーリ曰く、似てねえ3兄弟のグウェンダル、コンラッド、ヴォルフラム。
 自分から見ると、少なくともグウェンダルとヴォルフラムには、天と地の開きがあるように思えた。
 容姿ではなく、性格面で。
「それで兄上、に用事が?」
「そうだ。……テッドを見つけた」
 『テッド』の名に反応し、は立ち上がってグウェンダルに詰め寄る。
 身長の高い彼の服を、ぎゅっと掴む。
「どこっ、どこにいるの!?」
「落ち着け。急かずとも、テッドは逃げん。私もだ」
「あ……ゴメン」
 彼の服を皺にするぐらい掴んでいた事に気づき、は手に込めた力を抜いた。
 彼にしがみ付いたとて、状況は変わらない。
 落ち着くべきだ。
 ……それはちょっと難しいか。
 とにかく、少しは落ち着いた。
 グウェンダルは服の皺を伸ばすように手で払いながら、咳払いをした。
「港町にいた。今、が迎えに行った所だ。今暫くすればこちらへ来るだろう」
「テッドは、元気なの……? ああ、でも」
 彼は死んでいるはずだ。
 それだけは間違いない。
 急に黙ったを、先ほどまで暴れていたヴォルフラムやユーリまでもが不思議そうな目で見る。
「どうした」
 グウェンダルに声をかけられ、は首を振る。
「なんでもない」
「閣下、失礼します」
 メイドの一人が入ってきて、丁寧に頭を下げる。
様が到着なさいました。閣下のお言葉通りに、客間へ入っていらっしゃいます」
「分かった」
「グウェンダルさん、どこの客間なの?」
「今連れて行く」
 背後で、ユーリとヴォルフラムも一緒に行くと声を張る。
 グウェンダルは少し眉をひそめたが、それだけで文句も言わず、の先を歩いた。


 目的の部屋に入ると、が難しい顔をして腕組みをし、ベッドの脇に立っていた。
 指先で自分の顎下にやり、彼はたちが入って来た事にも、あまり注意を払っていないようだ。
?」
「……。見て」
 言われ、の隣に立つ。
 恐る恐る、ベッドの膨らみ――テッドを見た。
 瞬間、の目は大きく見開かれる。
 何故?
 どうして死んだ時のままの姿で、彼がここに?
「どういう……事なの? テッド……?」
 瞳を閉じたままの彼の頬に、そっと触れる。
 ――冷たい。
 生者では、ありえない程に。
「何が、どうなってるの」
 ヴォルフラムやユーリも状況が分からず、互いの顔を見合わせるのみだ。
 はテッドを軽く揺する。
 意味がないと、彼女自身はよく分かっていた。
 それでも、そうせずにいられない。
「テッド……ねえテッド、起きて……?」
 彼の姿がある事は嬉しい。
 けれど、目覚めてくれない事が悲しくて、の目からは、ぼたぼたと涙が零れる。
 嗚咽は零さぬ、静かな涙。
……」
 は、の頭を抱えるようにして抱き締めた。
 ユーリやヴォルフラム、グウェンダルから隠すみたいに。
 沈痛な沈黙が流れる。
 の微かな嗚咽のみが、室内にあった。
 それも治まってきた頃、彼女はの胸を押し、細く息を吐いて涙を拭い、微笑んだ。
「ごめん。泣いてたって仕方がないよね。もう平気」
「本当に大丈夫か?」
 ではなく、ヴォルフラムがそう問う。
 頷き、はもう一度息を吐いた。
「状況を教えてくれる?」
 は肩をすくめ、グウェンダルを見た。
「テッドは港町に流れ着き、心ある領民に手当てを受けていた」
「……手当て? でも彼は」
「心臓は機能している。だから墓地行きにはならなかった」
 ――あんなに、氷のようなのに!?
「だが、眠り続けたままだ。話では、既に30日以上」
 ユーリは目を瞬いた。
「さ、30日!? 腹減らないのかな……?」
 眠っていても基礎代謝があるはずだと、ブツブツ言う彼。
 グウェンダルは静かにテッドを見た。
「彼が特殊な状況にいる事は、間違いがない。今後どうするかだが――」
「じゃあさ、血盟城につれて来ればいいんじゃねえの?」
「なんだと!?」
 当然のようにヴォルフラムが怒り出す。
 彼のステータス。意に添わぬ事には、まず怒れ。
 王を心配しての事だろうが。
「こんな得体の知れない相手を、血盟城に連れて行くというのか!?」
「眠ってる奴が、おれに何かするわけないだろ? それに、たちだって彼が側に居た方が、状況の変化に対応し易いだろ?」
「しかし……」
「あの、ユーリ」
 は片手を上げて、声をかける。
「駄目なら、私がここに残って、テッドの様子を見てるよ」
「ヴォルフラム」
 咎めるようなユーリの声。
 現状で、ユーリはまだ王としての責務を、自らでこなす事ができない。
 よって、グウェンダルは血盟城に殆どいる。
 主のいない城にを放置していく事など、ユーリにはできない。
「……分かった。好きにすればいいだろう!」
 鼻息荒く、けれど容認してくれたらしいヴォルフラムに、は微笑む。
 金髪の少年はフイと横を向いた。
 グウェンダルが頷く。
「では、お前達は先に戻るがいい。私は後から彼を――テッドを連れて戻ろう」
 は、グウェンダルに深く一礼した。
「オレたちの親友を、お願いします」
「宜しくお願いします」




テッド。お休み中です。また色々むちゃこらやらかしてますが、広い心で見てやって下さい…(汗)
2007・4・3