互国響動 10



 ユーリと一緒にグウェンダルの部屋へ向かったは、開けようと思った扉が勝手に開いたので、思わず手を引っ込めた。
 この世界にも、仲間の1人が作ったみたいなエレベータがあるのかとは思ったが、違った。
 逆側にいたグウェンダルが、タイミングよく扉を開けただけの話だ。
 長身のグウェンダルを見上げる、とユーリ。
 逆に、グウェンダルは2人を見下ろしている。
「……何をしている」
「何って、あんたに用事があるんだよ」
 ユーリが少し身を引きつつ言う。
 は、彼が纏っている雰囲気が、いつも以上に険しいことを感じ取った。
「何かありました?」
 グウェンダルは口を噤み、検分するようにを見る。
 何故分かったとでも言いた気だ。
 彼は暫くを見ていたが、ふいにユーリへと視線を動かした。
「お前の嫌いな血生臭い話が起こった」
「なんだって!?」
「私はこれから場を治めに行く。用件があるのなら、後にしてもらおう」
「ちょっ、ちょっと待てよ!」
 さっさと歩いて行こうとするグウェンダルを、ユーリが思い切り引っ張った。
 明らかに大格差のある2人。
 ユーリが引きずられる格好になると分かってか、グウェンダルはピタリと立ち止まった。
「どこで、何が起きたってんだ!?」
「陛下のお心を煩わせる程ではない」
 明らかにムッとするユーリ。
 だが先に鋭い声を出したのは、の方だった。
「その『陛下』が聞きたいと言っているのだから、言うべきでは?」
「……異界人が、口を挟まないでもらおうか」
「口出しするつもりはないけど、この国では、王の意見は軽んじられる物なのかしら? 是非教えて欲しいわ」
 普段と少し違う、大人びた口調。
 ユーリは目を丸くして、2人のやり取りを見ていた。
 グウェンダルはというと、の言葉に首を振った。
 何かを諦めるみたいに。
「簡潔に言う。フォンヴォルテール方面で騒乱が起きた。そう大きなものではないので、直ぐに治まるだろう」
「あんたが行って治めるのか?」
 言うユーリを見て、グウェンダルは「管轄だ」と告げた。
 にはよく分からないが、国全体はユーリの……魔王のものだが、個々の領地を直轄しているのは、グウェンダルのような貴族らしい。
「もう行く」
「ま、待てよ! おれも行く!」
 拳を握って言うユーリ。
 以前もそんな事があったのだろう。呆れたような顔をした。
「駄目だ」
「行くったら行くぞ!」
 グウェンダルは苛立った瞳で、ユーリをねめつけた。
 細められた青の瞳が、氷のように冷たい色を灯す。
 だがユーリは引かない。
「だ、だってヴォルテールに用事があるんだ、の! そ、それにおれの国の事だしっ」
「用事だと?」
 を見るグウェンダル。
 彼女は苦笑し、軽く手を上げた。
「それより今は、事態の収拾が先です。協力できる事がありますか」
には協力を要請したが……」
「……なるほど。それでは私も行きます」
 これにはユーリが驚く。
「戦場に軍人でもない女の子を連れて行くのは、流石に気が引けるんだけど!?」
「大丈夫だよ、ユーリ。それにが闘うというのなら、私がいないと」
 グウェンダルは顎に手をやり、頷いた。
「紋章とやらか」
「そう。特に戦ではソウルイーターを確実に制御しなくちゃ。だから2人でワンセットと考えて」
 実際、それはが紋章を使わなければ、あまり意味がない事ではある。
 それでもが戦場に出る可能性があるのなら、出来る限り近くにいるべきだ。
 ずっとそうして来たのだから。
 グウェンダルは息を付く。
「直ぐに支度をして、城の東側、厩に来い。馬は乗れるか」
「残念」
 自信はありません。
「……仕方がない。ユーリ、お前はに乗せてもらえ。は私だ」
「えっ、おれがと!?」
「どうした、嫌なのか」
「そうじゃねーって! ヴォルフラムが行くって言い張るんじゃないかと思ってさ」
 ああ、とグウェンダルは腕を組む。
「コンラートとヴォルフラムは居残りだ。他の地域を見晴らせている」
 納得したところで、さっさと身支度を整える事にした。

 は部屋に戻ると腰に棍を装着し、一応外套を羽織る。
 の気配は既にない。厩へ移動しているのだろう。
 慣れない城内を移動して、何とか東側の厩へと出ると、グウェンダルとがいた。
!」
、やっぱり来る事になったんだな」
「そりゃそうでしょ。……にしても、が争い事に関わるのを了解するなんて、ちょっとビックリ」
 は棍を片手にしたまま、もう片方の手で後頭部を掻く。
「仕方がないだろ。正直言えば嫌なんだが、この国に身を寄せているんだし。戦火が広まれば安穏とはしていられないだろう」
「まあ……本気で頼まれると、嫌と言えない性格だもんね、は」
 うるさいなと、彼は苦笑した。
 ――そうだ。に言っておかなくては。
「あのね、さっき魔王がテッドの事を教えてくれたの」
「なんて言ってたんだ?」
「ヴォルテールの地にいるって。調べれば、直ぐ見つかるって言ってた」
「そうか……」
 は眉をひそめ、じっと地面を見つめた。

「うあー! ゴメン、待たせた!」
 後からユーリが全力で走って来た。
 腰に剣を差していて、ちょっと動きが重そう。
「ユーリって、剣使えるの?」
 は彼の持っている剣を見て、ぎょっとした。
 ……なんか、凄く不可思議な物がついてるんですけど。
 も興味深そうにそれを見る。
「これって顔か?」
「メルギブ……じゃなくて、モルギフっていうんだ。魔剣で、おれにしか使えないんだって」
「へぇー」
 感心する異世界人2人に、グウェンダルが咳払いで注意を引いた。
「行くぞ。、乗れ」
「はい」


 風を切り走る馬上で、はグウェンダルの前に座りながら、横を走るを見た。。
、大丈夫?」
 声をかけると、彼は軽く手を振った。
 馬を走らせた事なんてだいぶなかったはずの彼だが、グウェンダルと同じぐらい器用に乗馬している。
「余り身体と出すな。落ちるぞ」
 グウェンダルの低い声が耳に入り、は正面を向いた。
 相当早いスピードで移動しているため、力を抜くと身体が後ろに流される気がする。
 周囲の風景が流れるのも当然早い。
「グウェンダルさん、ヴォルテール付近は貴方の領地だと言いましたよね?」
「そうだ」
「今回のような騒動は、以前にも?」
「似通ったものなら、数多くある。たいていは小競り合いだがな」
 は首を捻り、彼を見上げた。
 グウェンダルはを見ないまま、話を続ける。
「お前の用事とはなんだ」
「魔王が情報提供してくれたの。テッドはフォンヴォルテール領にいるって」
「テッド……確かお前の探している男だったな?」
「そう。できれば、彼を探す手伝いをして欲しいの。これが片付いてからでいいから」
「……分かった」

 早駆けの馬で走り続け、夕暮れより前に目的地に到着した。
 グウェンダルの手を借りて降りたは、少し先の場所で、火の手が上がっている事に気付いた。
 到着を知った兵士の一名が、グウェンダルの側に駆け寄る。
「閣下。それに陛下も」
「報告を」
「は。敵の数は数十。いずれも手練れで、数名、魔術を使う者がいる模様」
 グウェンダルは普段以上に険しい顔で、現場になっている村を見つめる。
 ユーリが兵士に問う。
「なあ、まさか勝手にまた人間同士が傷つけあってるんじゃ……」
 以前もそのような事があったのだろう。
 この国の王の言葉は、目下の事態に対して、不安に揺れていた。
 今まで黙っていたが、急にユーリの前に躍り出た。
 困惑する間もない間に、は棍を回転させる。
 硬質な音がして、次に近場の木に矢が突き刺さる。
「なっ……なんだあ!?」
 状況が全く分かっていないユーリ。
 と入れ違いに、がユーリの前に出る。
 腰に着けていた2つ折の棍を1つにし、周囲に気を配る。
 グウェンダルが剣に手をかけた。
「敵兵か!」
「……王が居ると知れてる」
 の呟きに、が頷く。
「仕方がない。グウェンダル、村の鎮圧はオレが行く。この周辺の狙撃兵を頼む」
「無理はするな。火の術者がいるかも知れん」
 は、こんな状況下で笑みを浮かべる。
 凡そ少年とは思えない、戦慣れした男の顔。
 グウェンダルやユーリは驚くが、にとっては見慣れたものだ。
、紋章で火を抑えられるか」
「やってみるよ」
「じゃあ頼む」
 言い、は単身で村へと駆けて行った。
 慌てたのはユーリだ。
「お、おいグウェンっ、を独りで行かせちゃ不味いだろ!?」
 グウェンダルが何かを言うより先に、が口を開いた。
「大丈夫。それより、ユーリは自分の心配して。気を抜きすぎないでね」
「え、あ、ああ……」
 幸いにも、グウェンダルが直ぐに近場の兵士に周囲を捜索させたためか、狙撃してくる者はいなかった。
 逃げたのかも知れない。
「……さてと。それじゃあ、行きます」
 果たしてこの世界の魔術に、上位とはいえ、通常紋章が効くだろうか。
 分からないが、とにかくやってみるしかない。
 は左手を掲げ、紋章に集中する。
「真なる水の眷属よ。我が意思に応え、力を示せ!」
 紋章が光り、水色の力を迸らせる。
 位置を示すように腕を振ると、力は波となって炎が上がっている周辺を包み込んだ。
 呆気に取られる眞魔国の面々を他所に、紋章の力は炎を消し去る。
「うわ、すげぇ……」
 ユーリはあんぐり口を開けたまま、紋章の力を治めたを見る。
 グウェンダルは感嘆の溜息をついていた。
 は軽く息を吐く。

 が戻ってきたのは、それから半刻ほどが経った頃だった。
 彼は、ちょっと散歩してきたとでも言いたげな雰囲気で歩いている。
、紋章は無事に効いたみたいだな」
「真の紋章以外でも、効果はあるって実証だね」
 軽く話をしている2人に、ユーリが話しかけようとするが、に手で制された。
「グウェンダル」
「……状況は」
「村にいた敵兵は征圧し、その場の兵に任せてある。炎での大きな被害はないが、手酷い所は2軒ほど」
 頷くグウェンダル。
 話に完全に置き去りを喰らっているユーリ。
 更には続ける。
「村人は軽傷者が数十名。重傷、死亡はないから上等だろう。首謀者については情報なしだ。後は任せる」
「ご苦労だった。……すまんな」
 謝るグウェンダル。「ゴッドファーザーが謝ったー!」と驚いているユーリを、は見た。
「それでユーリ、さっき話しかけようとしてただろう? なんだ?」
「あ……いや……。敵の兵士……倒したのか?」
「殺したか、という意味なら、否だ。そこまで止むを得ない強さの輩はいなかった」
 グウェンダルの兵士が手練れと呼んだ敵兵は、にとっての脅威ならざる者たちばかりだった。
 実力が拮抗している相手でないなら、気絶させる、又は戦意を失わせる事はそう難しくない。
 少なくとも、にとっては。
 グウェンダルが頷く。
 兵士に何事かを言付け、馬を引いてこさせる。
「お前達、行くぞ」
「行くって?」
 首を傾げる
 グウェンダルは微かに眉間を寄せる。
「ヴォルテールだ。……テッドとやらを探さねばならんのだろう」




無茶コラしてます。突っ込みたい箇所は優雅にスルーして下さると…(笑)
2007・3・31