互国響動 8



 の部屋の左にある客間で、、そしてコンラッド、ヴォルフラムに呼ばれたギュンターは、がん首を揃えていた。
 は、今まで着ていた外套がかかっている背もたれに体を預けながら、説明を聞いていた。
 ひとしきりの説明をし終わった後、椅子に深く腰かけたが軽く息を吐いた。
「簡単に整理すると、は眞王とやらに呼ばれたという事か」
「そうです」
 ギュンターが頷く。
「眞王――いや、現魔王はテッドを知っていて、会いたければここに居ろと?」
 それにはコンラッドが頷き、補足する。
「現魔王はユーリだが、所謂魔王モードになった時の彼は、彼自身とは少し違います。それに、眞王と魔王、どちらがより状況を知ってるのかは不明です」
「ああコンラッド、敬語は必要ない。オレもそうさせてもらうから」
 コンラッドは笑い、「承知した」と伝えた。
「話の続きだが、それらに加えて、は王に……この場合は魔王か、彼に求婚されていると――これで一応、全部か」
 肩をすくめるに、は苦笑する。
「全く。これはテッドに会ったら、是非文句を言うべきだ。――会えるなら、だけどな」
 それはも疑問に思う。
 魔王が『会わせる』と確約してくれたわけではない。
 大ボラを吹く、なんて事はないかも知れないが、も、『魔王』をよく知らない。
 まして、人を勝手に呼び寄せる傍若無人ぶりでは、いくらでも、疑ってかかる。
 ギュンターが1つ咳払いをし、指を組む。
「ところで……殿は、魔族でいらっしゃいますかな?」
「オレが魔族? 残念だが立派に人間だ。何故?」
 不思議がるの髪を、はちょっとだけ摘んだ。
「この世界ではね、黒って凄く高貴な色なんだって。だから、真っ黒を持って生まれて来る人は凄いらしいよ?」
「へえ……」
 興味深そうに自分の髪を見るを、ギュンターの熱視線が射抜く。
 ギクリとして、は思わず身を引いた。
 ……なんだ、あの、惚れた人を見るような目線は。
 妙な汁が垂れてきたギュンターを見て、も流石にギョッとする。
 隣に座っていたコンラッドが、ギュンターを呼んだ。
「はっ! ……失礼しました。わたくしとしたことが、陛下以外の方に見惚れるなど。いやしかし、殿の磨かれた美しさもなかなか。これで双黒でしたら、陛下と並び立て、肖像画でも作って頂きたい――いや、今の殿でも充分……ぶつぶつ」
 どこの世界へか飛んで行ってしまっているギュンター。
 さすがのも引き攣る。
「……これが眞魔国では普通なのか? 妙な汁を垂らして、人の黒色を褒める事が?」
「安心して下さい。彼だけです」
 キッパリと、コンラッドが言った。

 飛んでしまったギュンターが戻ってきたのは、それから数分後の事だった。
 彼にしては早いらしいと、コンラッドから聞いた。
 それはともかくと、の服の裾を引く。
、どうする? 帰る方法があるなら、だけでも……」
 言うと、の髪をぐしゃっと撫でた。
 慌てて手櫛で髪を直す。
を置いて、オレが帰るとでも? 求婚されてる君を放って?」
 そんなバカなことはしないと、彼は大仰に肩をすくめる。
 右手でサラリとの髪を後ろに流し、首筋に指を這わせた。
 手袋も何もない状態で、ソウルイーターを宿した手を遠慮なく触れさせるのは、だけ。
 他の人間にはしない事だ。
 くすぐったそうに肩を上げるを見て、は微笑む。
「残念ながら、オレはそこまで人間が出来てないんだ」
 甘ったるい雰囲気を出し始めたを見て、は慌てて彼の手を止めさせた。
「と、とにかく……じゃあええと、を置いてもらえるように、ユーリに言わないといけないのかな?」
 コンラッドは何事もなかったみたいに微笑む。
「そうだね。――いや、失礼。その前に聞いておきたい事がある」
 急に顔を引き締めるコンラッド。
 同じく普段の顔を取り戻したギュンターも、佇まいを正した。
「俺は陛下の周囲を守る者として、聞いておかねばならない」
「わたくしも、王佐としてお聞かせ願いたい」
 2人の視線が、の紋章に向けられる。
 ああ、やはり。
 そう思いながらも、これは仕方のない事であると、幾度目か分からない納得をした。
 は聡い。
 彼らの言いたい事をすぐに察知し、右手を見せた。
 の物と違い、いつでも顕現しているそれ。
 黒紫色の刻印。
 時に強力な援けとなり、時に宿主を苦しめる紋章。
「これが不安だと言うのだろう?」
 端整な面に笑みを浮かせ、ひらひらと手を振る
 コンラッドが頷いた。
「そうです。我々は、あなた方の持つ力に対して無知だ。身を守る方法を知らない」
 を見やり、それからコンラッドに視線を戻した。
「真の紋章に対して、絶対的な身の守り方などは存在しない。あるのなら、オレが知りたい位だ」
「危険があると? その『ソウルイーター』は、魂を喰らうのだとから聞いているが」
「その通りだ。何しろ、生と死を司る紋章だからな。――ただ、死んだ人間の魂はともかく、コイツも無差別に魂を喰らうわけじゃない」
 ギュンターが微かに眉をひそめる。
「というと?」
 を窺うように見、それからギュンターに言う。
が……心から大事に思うもの、護りたいと思うもの。想いが強ければ強いほど、ソウルイーターは興味を抱く」
 の言葉に、コンラッドとギュンターは微かに目を見開く。
 ソウルイーターが『呪いの紋章』と呼称される事の理由が分かったように。
「それでは……もし君がユーリを、陛下を気に入ったら?」
「喰われる確率が上がる――と言いたい所だが。この状況では、心配は不要だ」
 訳が分からないといった表情の2人に、はクスリと笑う。
 そうして、の右手を掴み、テーブルの上に手を出した。
 生と死の紋章に呼応して、の紫魂の紋章が発現する。
 互いを求めるように、同じ調子で淡く光った。
の紋章は、ソウルイーターの寵愛を受けたもので、オレの紋章の力を抑える。彼女がいれば問題はない」
「ユーリに危害は加わらない?」
「絶対だ。もっとも、オレが『ユーリ』を屠りたいと思えば、それは別の話だが」
 不穏な事を言う
 は思わず彼の服を思い切り引っ張った。
 咎めるようにと名を呼ぶと、彼は苦笑する。
「悪かった、冗談だ。真っ当に国を治めようとする者に、手出しなどしない」
「ほんとに冗談だから、気にしないでね、2人とも」
 申し訳なさそうに言うに、コンラッドもギュンターも、分かったと笑んだ。
「とにかく話を聞く限り、直ぐに戻れる状況にはなさそうだ。悪いが、滞在許可を貰いたい」
「陛下に伺います。が、駄目とは言わないよ、きっと」
「武器の携帯は認められるか?」
「ああ。ただし、城内以外への出入りに関しては、付き添いをつけさせて貰うよ。君の黒い髪で、間違って人間の管轄に入ったら厄介だ」
 人間の管轄という意味がよく分からないは、に視線を投げる。
 かといって、の方にも答えられる知識はなかった。
 コンラッドは微笑む。
「それはおいおいに。の部屋は、ここにするつもりだけど――いいかな?」
「野宿ばかりの身には、豪勢すぎる程だ。感謝する。――後は、主の許可が出る事を祈るよ」
「じゃあ、陛下に聞いてくる。ギュンター、行こう。は――」
「私、少しここにいる」
「そうか。それじゃあまた明日」
 すっかりお休みなさいの時間になっているから、コンラッドとギュンターは、当然眠るものとして挨拶をした。
 その通りなのだけれど。

 彼らが立ち去って後、は伸びをし、コンラッドが置いて行った武器を手にして、自分のそば近くへ置いた。
「さて。一応聞いておくけど、魔王の求愛に応えるつもりは?」
「イジワルイなあ……」
 はむくれて、を睨みつけた。
 そんなの、聞かないでも答えなんて分かっている癖に。
 は苦笑し、の髪を撫ぜる。
が好きな男を作れないのが、もし紋章のせいなら――」
「違うよ。ただ、私の心がそうならないだけ」
「――うん、そうか」
 こんな問答は、今まで幾度も繰り返してきた。
 今更だ。
「それにしても、テッドの情報を持っているのがその『魔王』だけでは……」
「魔王を出す方策があればいいんだけどね。私、今度呼びかけてみようかな?」

 2人がそんな話をしている頃。
 遠く離れた異世界の魔術師の島では、1人の少年が難しい顔をしていた。



無茶しまくりですな(汗)
2007・3・27