互国響動 7 「ちょっと寒いかな……」 は何も羽織って来ず、少しばかり冷えた身体を動かす。 上を向き、見事に真円を描いている月を見た。 この世界の満月と、元の世界の満月に大した差違はなかった。 具合のいいことに、満月はあるかと聞いた翌日がその日だった。 これ幸いと、は一番光の当たるであろう場所を教えてもらい、今、ここにいる。 城内ではあるが、部屋の中ではない。 花の咲き乱れれる庭園の中央に、はいた。 傍近くには不信気な瞳を向けてくるヴォルフラム、それからユーリの護衛であるコンラッド。 コンラッドに護衛される存在のユーリは、ここにはいない。 が『紋章』を使うと言ったためだ。 先日、ヴォルフラムやコンラッド、ユーリには、自分の持つ紋章の力がどこから来るのかを話して聞かせた。 27の真の紋章。 魂を喰らう、呪われた紋章、ソウルイーター。 その呪われた力に愛された紋章が、自ら宿している『紫魂の紋章』であると。 それ自体は、ソウルイーターとは違うものだが、力を借りて、魔力を顕現させるもの。 眞魔国の王であるユーリに、何事かがあってはならないと、距離を取るのは、王の回りにいる者として当然だ。 そんな訳で、この場にユーリはいないのであった。 「それで、どうするつもりだ」 高圧的な態度のヴォルフラムに怒るでもなく、は頷く。 右手に宿っている紋章――普段は消えているそれ――を顕在化させる。 淡い、紫色の光。 「満月に、何か関係が?」 コンラッドの問いに、振り向かずに答える。 「満ちた月は、私との紋章の繋がりを強めてくれるんだ」 「繋がり……?」 ヴォルフラムは訳が分からないと、腰に手を当てた。 「そう、繋がり。私たち、どこにいても、何をしてても、相手の存在を強く願えば感じ取れるの」 満月に近づけば近づくほど、それは簡単に出来るようになる。 集中すれば、紋章を通して会話が出来る。 何故満月なのか、理屈は分からないが。 「それで……どうするんだい?」 「世界が違っても、力の流れは止まってない。――声が届くはず」 言って、全神経を右手に集中させた。 ふぅ、と風がの足元を揺らす。 「――、聞こえる?」 胸の高さにある手の甲に話しかけるという、少し不思議な事をしているを、ヴォルフラムもコンラッドも、黙って見つめた。 「。聞こえたなら、返事をして」 『ああ、やっと通じた』 唐突に聞こえてきた声に、以外の2人はぎょっとした。 ヴォルフラムは剣の柄に手をかけて周囲を見回すが、当然、誰もない。 はっきりと、そして、凛とした声だけが、その場に在る。 『、一体どこにいる?』 「説明すると長いんだけど……私今、どうやら別の世界にいるらしいよ。は?」 『オレは今、レックナート様に会おうとしてた所だ』 ――? 「ねえ、私が消えてからどれ位の時間が経った?」 『そうだな……まだ10分経ってないと思う』 随分と時間のずれがある……。 約1日が向こうの約10分。差がありすぎる。 唸っていると、向こう側でが嘆息した。 『とにかく、こうやって会話できているんだ。紋章の力は伝わってるんだな?』 「うん」 『そうか……じゃあ、今から行く』 「うん。…………っちょっと待って! それは」 が制止の声を発するより先に、の力――ソウルイーターのそれが、急速に場に広がり始める。 やばい。 「2人とも下がって!!」 背後の2人に言うが早いか、は手を掲げて甲を月に向ける。 風は意思を持っているが如く、彼女を囲んで真円を描く。 円を描いた風は、仄かに光っていた。 彼女の手の甲から紫色の燐光が溢れ、の周囲に撒かれる。 コォ、と音がして、周囲の翠が戦慄き出した。 決して魔術では起こり得ない反応。 城の外壁すらも共振しているように思える。 その現象を引き起こしているのが、自分より遥かに年下である筈のから発せられていることに、ヴォルフラムは驚愕を覚えていた。 場に、声が響く。 『真なる紋章よ――今こそ呪われた力を解き放ち、半身の元への階(きざはし)を――』 声が空から降ってくるみたいだと、が思った直後。 手から強い光が放たれた。 天を突くそれが、僅かな時間、視界を遮る。 強い光に目を閉じ、再度瞳を開けた時。 彼女の目の前に、見慣れた人物があった。 やたらと痺れを感じる右手を軽く振って、苦笑する。 「、ちょっと無茶しすぎ」 「それは自覚があるよ。――よかった、無事で」 はを片腕で抱き締め、首筋に顔を埋めた。 も嫌がらずそれを受け入れる。 温かさはどこであろうと変わらなくて、思わず表情が緩んだ。 ひとしきり抱擁した後、はを離した。 「それで……後ろの方たちは?」 目の前で起こったことに、半ば呆然としているヴォルフラムとコンラッドを示して言う。 すると、今まで押し黙っていたヴォルフラムが、いきなり吼え出した。 「お、おい貴様、何者だ! 人間か!?」 「止せ、ヴォルフラム」 たしなめようとするコンラッドを無視して、ヴォルフラムは答えろとがなる。 初対面の人間に不信を抱くのは、彼の基礎ステータスなのかと思ってしまう。 まあ、王の御所だから仕方がないが。 はというと、ヴォルフラムを眺めた後、薄く笑んだ。 「さてね……。この身を人と呼ぶべきかは、考え所だな」 は少しだけ眉をひそめた。 「また、そういうこと言う……」 「分かった、悪かったよ。――それで、何がどうなっているんだ?」 説明をして欲しいと求めるに、今まで黙っていたコンラッドが進み出る。 「外ではなんですから、城の中へ入りましょう。すみませんが、武器を渡して頂けますか」 「武器? ああ、いいよ」 は背に着けていた棍と、腰に着けていた二つ折りの棍をコンラッドに渡した。 「それじゃあ客間へ移動しましょう。ヴォルフラム、お前はギュンターを呼んで来てくれ。それから、陛下に状況を話しておいて欲しい」 「僕を除け者にするのか!」 「じゃあ、お前が冷静に話を聞いてくれるのか?」 冷静に、という所を強調したコンラッドに、ヴォルフラムは口を噤む。 仕方がないとばかりに、軽く溜息を転がした。 「ユーリの所へは僕が行く。状況は後で必ず報告しろよ」 「ああ」 言って、ヴォルフラムは一足先にその場を立ち去った。 「それじゃあ、俺たちも行きましょう」 ユーリの部屋に向かいながら、ヴォルフラムは先ほど見た男――のことを考えて、苛付いていた。 漆黒の髪。紫色の瞳。 双黒ではないが、纏っている雰囲気を色にしたら、黒だと言える気がした。 ユーリとは違う意味で、端整な顔立ちの男。 柔らかい雰囲気の、どちらかといえば可愛らしいを横にしていたからこそ、余計に感じた、鋭い美しさ。 ヴォルフラムは、が魔族であるはずが無いと知りつつも、同時に、ユーリがいなかったならば、あれほど魔王の名に相応しい者もいないのではないかと、そう思った。 自らのその考えが、苛立ちの原因なのだった。 荒々しい足音を立て、ヴォルフラムはギュンターの部屋を勢いよく開ける。 「おいギュンター! また異界の客人だぞ!!」 1主ご到着。 2007・3・23 戻 |