互国響動 5 眞王廟。 静謐な空気の溢れるその場所は、なんとなく自分が知る物と似ていて、 「魔術師の塔みたい……」 思わず呟く。 「それって、の国にある場所?」 隣にいるユーリに問われ、頷いた。 彼はに、より詳しい話を聞こうとしていたようだが、更に隣にいるヴォルフラムによって止められた。 勝負に勝ったとはいえ、急に態度が軟化する訳でもなく、を見る目つきは微妙だ。 お目付け役的なコンラッドは苦笑し、ここまで案内してきたギュンターは……なんというか、傾倒気味な瞳をユーリに向けていたりする。 「それで、私はこれからどこへ?」 一番まともに状況を把握していそうな、コンラッドに訊く。 彼は正面の大扉を示した。 「あそこから巫女がやって来るはずだ。――ほら」 言うと同時に、大扉が開いた。 中から、随分と綺麗な女性が出てくる。 「魔王陛下、そして異界からの方、そしてウェラー卿。お三方のみ進まれますよう」 「なっ、何故僕は入れない!」 「わ、わたくしも何故入れないのですか!」 文句を言う美麗と美形に、巫女は困ったみたいに瞳を伏せる。 「申し訳ありません。ですが、眞王陛下のお言葉ですから……どうぞ」 巫女は扉に向かう道を開く。 困惑するに、コンラッドが微笑む。 「大丈夫。行きましょう。さあ、陛下も」 「ああ、うん」 少しばかり後を気にしながら、ユーリが最初に進む。 もその後に続いた。 恨めしい声が、なんとなく聞こえてきている気がするのは……たぶん、気のせいじゃない。 扉をくぐって中に入ると、背後で重い音を立てて戸が閉まった。 一瞬、圧迫されるほどの静謐さがあり、けれど直ぐに掻き消える。 (――ゴメンな) 微か、懐かしい人の声が聞こえてきた気がして、は周囲を見回す。 なんら異常なんてなくて、どちらかといえばの態度に異常を感じたのか、コンラッドが訝しげな表情をしている。 「?」 「あ、ごめん……なんでもない」 気持ちを切り替え、正面に立つ少女を見る。 背筋を真っ直ぐ伸ばして、堂々と立つ彼女が、他の巫女の扱いからして一番上の人間――いや魔族らしい。 彼女は可愛らしく微笑んだ。 「ようこそ魔王陛下。――異界よりの方よ。わたくしはウルリーケと申します。この眞王廟で、眞王陛下のお言葉を戴く者です」 「あ……初めまして、です。すみません、質問いいですか」 「なんなりと」 はユーリの顔を見て、それからウルリーケを見る。 「ユーリはこの国の王だって聞いていますが、その、眞王とは……?」 「わたくしの言う眞王陛下は、ユーリ陛下の事ではございません。既にお亡くなりになり、眞魔国を見守っている、初代王の事です。御方の御霊のお言葉を伝えるのが、わたくし、言賜巫女の役目なのです」 不可解な状況だが、とりあえず納得する。 横合いからユーリが、ウルリーケに訊く。 「あのさ、それで……ギュンターに言った事なんだけど」 「はい陛下。――それではご説明させて頂きます」 ウルリーケは微笑み、 「様。貴方は、現魔王陛下の婚約者となられるべくして、こちらへ呼ばれました」 それでいて衝撃の言葉を発した。 余りの事に、ウルリーケ以外の全員が動きを止める。 コンラッドでさえ、目を見開いているのだから、名指しされたユーリやの驚きは尋常ではない。 「……………ちょ、ちょっと待って」 「眞王陛下は、貴方にとても強い興味を持たれました。貴方の力は、現魔王陛下にとって有益でもあると――」 「待って!」 の叫びに、ウルリーケは言葉を止める。 「どうして私……? いえ、その前に、どうやってここへ引き寄せたの?」 「眞王陛下のお力と――貴方の世界に類する者の協力です」 「私の世界に類するって……まさか、門の紋章でもあるっていうの?」 皇帝バルバロッサが寵愛した、宮廷魔術師ウィンディの持っていた、今は行方不明(のはず)の紋章。 もしそれがあるなら、を呼び出す事も可能かも知れない。 だが、それは全くの杞憂だったようだ。 ウルリーケは訳が分からないといった風に首を振る。 「わたくしは存じ上げませんが、『モンショウ』とやらの力ではございません」 「……そう。では、なぜ私なの」 「眞王陛下の御心はわたくしには量れませんが、貴方は高潔であり、そして強い力を御持ちなのでしょう。ですから、陛下のお心に適った――」 高潔の二文字に、は思わず失笑を零す。 もし本当に高潔なのだったら、今こうして生きていないかも知れない。 残念ながら気高くもなければ、清らかでもない。 幾多の戦乱を越えたにとって、高潔、なんて冗談事だ。 「帰る方法は」 「それは、存じません」 絶望的な言葉。だがは引かない。 「右手の『紫魂の紋章』は、今であってものソウルイーターと繋がってる。世界が閉じている訳じゃない。帰る方法を、知っているのではないの?」 「……わたくしには、貴方をお帰しする事が出来ないのです。眞王陛下が、強い力で貴方を引き寄せている。陛下の許しを願わねば、異世界への転送など出来よう筈もありません」 ――そんな。 力なくよろめくを、コンラッドが支えた。 「、しっかり」 「ごめん……結構ショックだったみたい」 「ところでユーリ、先ほどから黙っているが、どう――!?」 コンラッドは言葉を途中で切る。 切らざるを得ない程の驚愕に、咽喉の奥で音が引き攣ったみたいな顔をしていた。 もしこの場面をヴォルフラムが見ていたら、ユーリに斬りかかっていたかも知れない、などという事を頭の隅で考えながら、先ほどまで支えていたを見た。 顔は隠れて見えない。 が、身体は戦慄いている。 その肩にはユーリの手がかかっていて、どう見ても、と彼の顔は接触している。 つまり、口付けを交わしているように見える。 ――見えるどころの話ではなく、実際、はユーリとばっちり口を合わせていた。 身動きが取れないのは、想像の範疇外だったからで。 加えて、ユーリがそういう事をするようには、全く見えなかったからだ。 は金縛りにでもあったかのように、硬直している。 どれ程が経ったのか――存外短い時間だったと思うけれど――彼の口唇が離れた。 顔はまだごく近くにある。 黒い瞳は意思を秘め、けれど口端が上がったその表情は、先ほどまでの『ユーリ』とは気配が全く違っていて。 「ユーリ……?」 不安そうに声をかけたのは、ではなくてコンラッドだ。 「案ずるな。気が触れた訳ではない」 返す言葉は、凡そユーリのものとは思えず、は目を瞬く。 目の前の人は誰だろう? 声色がどこか違う。 姿かたちは、確かにユーリに相違ないのに。 雰囲気はなんだか凄く違うけれど、それでもユーリだ。 『ユーリ』は深い笑みを浮かべ、の頤を指先でなぞる。 右手の紋章が、警戒するみたいに疼いた。 「あなたは、誰」 「余は魔王なるぞ」 「それはユーリでしょう」 「おなごを無理やり手篭めにするは、本意ではない。少しずつ余を知ってゆくがよい」 人の話を全く聞いていない魔王。 「ゆくゆくは祝言を挙げようぞ」 は少しだけ嘆息した。 「……あの、魔王さん。あなたなら、私を元の場所へ帰せるのでは?」 「ならぬ! そなたは余の伴侶となる定め。――それに、テッドなる男と会いたいであろう?」 「テッド!?」 こんな場所で、しかも繋がりの全くない彼から発せられた、『テッド』という言葉に、は目を見開く。 彼は死んだ。今はの持つ紋章の中にいるはず。 大事な友達。忘れた事などない、大事な、大事な。 その彼の名が、どうして? 混乱するに、魔王ユーリは笑んだ。 「余は、お前がここへ来る前から知っていた。何故か? ――テッドなる者が教えてくれたからだ」 「どこにっ、彼はどこにいるの!」 「お主がここに滞在するというのであれば、いずれ会わせよう」 「いずれでは困るよ! それに、伴侶になんてならないよ! 私はと一緒にいるって決めて……」 魔王ユーリは、苦虫を噛んだみたいな顔になり、首を振った。 「致しかたない。余は、お主を惚れさせてみせよう」 なんだか物凄く恐ろしい事を言い、魔王ユーリはの左頬にビンタ(と言う程強くはなかったけど)を食らわせた。 あっという、コンラッドとウルリーケの声がした。 「余からの求婚だ。大地に根下ろす球根ではない」 やたらとカッコイイ笑みで、微妙な発言。 が余りの意味不明さに何も言えずにいると、ユーリは急にその場に崩れ落ちた。 足元にいる彼は、気絶でもしているらしく、瞳を閉じている。 奇妙な雰囲気の差はない。 「……なんて事だ」 コンラッドはやっとの事で声を出した。 「ステキですわ!」 ウルリーケは、何に対してか感動している。 は呆然としながらも、魔王ユーリが言った言葉を頭の中で反芻していた。 ――テッドが教えた。彼は本当にここに……眞魔国にいる? っていうか球根、じゃなくて求婚て? 「う……ん。……コンラッド?」 魔力を使ったわけでもないからか、ユーリは直ぐに目を覚まし、立ち上がった。 「ご無事ですか、ユーリ」 「ああ、うん。何がどうなったんだ? おれ、またなんかやったのか?」 前科があるらしいと、は理解する。 コンラッドは言おうか言うまいか悩んでいたが、脇からウルリーケが 「陛下、素敵でしたわ! 様への熱烈な口付け! そして流れるように求婚を!」 言わなくてもいい事を、ずばずば言って聞かせてしまった。 ユーリは目を瞬き、それからコンラッドを見る。 ひどく不安そうな顔のユーリ。 「こ、コンラッド……おれ、やってないよな?」 「………ヴォルフラムが目にしていたら、ただでは済まなかったでしょうね。ユーリ、やりましたよ。の左頬をぱちんと。その前に口付けしてらっしゃいましたが」 「うわぁあーーーー! 嘘だろーーーーーー!!??」 真っ赤な顔で、ユーリが叫んだ。 多くの事がいっぺんに起こりすぎて、飽和状態になっている。 前途多難な事だけは、何となく理解できた。 ってことで。ぺちんと求婚。 2007・3・19 戻 |