互国響動 4


 は正面に立つ金髪の少年を見て、息をつく。
 ユーリが自分を気に入ってくれているらしいのは良いが、彼の婚約者(でも男)に気に入られていないのは困った。
 ここが異界の地でないのなら、「ああそうですか」と消える事も可能だ。
 しかし、呼ばれた理由も不明。
 地理も歴史も不明。
 尚且つ、会話は問題がないのに、文字は読めないらしいと気付いた。
 魔族と人間とがいる事は知っていても、その他が知らない事だらけでは、流石にひょいひょい表へ出られない。
 やルック、歴戦の仲間と一緒なら、それでも自力でどうにかしようとしたかも知れないけれど。

「さあ、準備はいいか」
 ヴォルフラムはに剣を向ける。
 は2節の棍を1つにし、構えた。
 視界の端で、ユーリとコンラッドが会話していた。
 それらはには聞こえなかったけれど、ユーリの態度からすると、この決闘を止めたいと思っているに違いない。
「いいか、お前が負けたら出て行くんだ」
「分かってる。貴方も約束を違えないように」
 すぅ、と息を吸い、ヴォルフラムを見据えた。
 ――これは殺し合いではない。傷付けあいでもない。
 だから大丈夫だ。
「いくぞっ!」
 ヴォルフラムが吼え、剣を繰り出してくる。
 は棍の先方で受け止め、弾いた。
 開いた腹部への攻撃道。
 流れる動きでヴォルフラムの腹部を、棍の先端で打ちつけた。
 呻き、たたらを踏む彼。足払いを掛けて転ばせる。
 頭は打っていないようだ。
「く、くそっ……こんな小娘に……!」
「残念だけど、見た目ほど小娘って年齢でもない。――降参してくれると、ありがたいんだけど」
「ふざけるな! 誰が降参などっ……」
 怒りに満ちた眼差しが、ふいに緩められる。
 は訳が分からず、右手を構えたヴォルフラムを見た。
 後からコンラッドが叫んで寄こす。
「止めろヴォルフラムっ。また陛下の時と同じ過ちを繰り返すのか!?」
「そうだぞヴォルフ!! 相手はただの女の子だぞッ!!」
「大丈夫だ。殺しはしない。少しだけ痛手を負ってもらう」
 美麗な顔に、ほんの少し兇悪な自信が宿る。
 そして、呪文を唱えた彼の手に炎が。
「さあ、降参しろ。痛い目に遭いたくなかったらな」
「それは魔法?」
「魔術だ。勉強は、この城を出てからするんだな」
 魔と名の付くものを正面から浴びるつもりは、毛頭ない。
 はちらりと自身の右手を見た。
 ほんのり、薄紫色の光が発せられている。
 使えと、そう言っている。
 しかし使うわけにはいかない。
 自分の世界ではない、異なる世界。
 発動できるかすら分からないのに、しかも、安易に使えるような、生温いものではないのに、使えるはずがない。
「ヴォルフラム、お願い。それは止めて。魔術は駄目だよ」
「うるさいっ! これでも喰らえ!」
「駄目っ……!」
 の言葉を無視して、ヴォルフラムは魔術を発動した。
 同時にの右手が強烈に光る。
 本来なら、ヴォルフラムの炎の魔術に飲まれるはずの
 だが実際は、彼女の右手から溢れ出た紫色の光が、ヴォルフラムの魔術を押し返していた。
 強い閃光が魔術を押し返し、逆にどんどん施術者の彼に迫っている。
 異地だからか、それとも紋章の意思でなのか、止めようとしても上手く止まらない。
「いやだ止まってっ! 彼は違う! 敵じゃない!!」
 必死に光を放つ紋章を抑える。
 手の甲を押さえて、暴れる紋章を制御する事だけに意識を向けた。
「彼は貴方や私に仇名す者じゃない。だから抑えて。生と死の紋章よ、過剰な加護は要らない!」
 叫び、ぐっと手に力を入れた。
 まるでの声が届いたかのように、光が治まる。
 ヴォルフラムの魔術を消し去って、紋章の力は静まり、何事もなかったかのように、静寂が戻った。
 様子を見ていた、以外の全員が驚き、声も立てられずにいた。
 最初に復帰したのは、ヴォルフラムだ。
「なっ……なんだ、今のは」
「お願いだから、負けを認めて。出来るだけ、貴方の気に触るような事はしないようにするから」
「今のはなんだと聞いている!」
「――それは」
 おいそれと言えない。
 聞かれて、簡単に言えるような物ではないのだ。
 ここが自分の世界でなくとも、何がどう転ぶか分からない。
 用心しておかなければならない――紋章については。

「あなたが殿ですか?」
 ふいにかかった声に、は振り向く。
 いつの間にやら、ユーリたちの側に、やたら美麗な人が立っていて驚いた。
 長い銀髪の長身男性。
「あれ、ギュンター」
 ユーリは、彼が側にいる事に気づいていなかったらしい。
 かなりショックを受けているギュンター。
「……いえ、今はそんな場合ではありませんでした。ヴォルフラム、彼女に手出しをしてはなりません」
「何故だギュンター」
 ギュンターは咳払いをし、そして告げた。
「彼女は、眞王が呼んだ者だからです」
 その言葉は、ヴォルフラムのみならず、コンラッドやユーリを驚かせるには、充分すぎるものだった。
 ただ1人、だけが状況を知らず、そこに立っていた。



あっさり決着決闘。
2007・3・13