互国響動 3



 激昂するヴォルフラムをなんとかユーリが抑えて、一応事無きを得た翌日の朝。
 は豪勢な朝食を前にして、微妙に気まずい思いをしていた。
 気まずい原因は、目の前にいるヴォルフラム。
 昨日の怒りがまだ解けていないのか、始終を睨みつけている。
 ――私を睨んでもなあ。
 とはいえ、ユーリも睨み付けれているので、自分ばかりとは言えないが。
「……どうした、食が進んでいないようだが」
 物静かな、けれど響く落ち着いた声が脇から聞こえてきて、はそちらを向く。
 濃灰色の髪で、何が問題なのか眉間に皺が寄っている男性。
 先ほど紹介されたところによると、確か、フォンヴォルテール卿グウェンダルという名だった筈。
 は首を振った。
「いえ、別になんでもありません」
 言って、フォークとナイフで、名の知れぬ食事を口に運ぶ。
 異界の味付けはどんなものかと不安だったが、存外美味しい。
 もっとも、王の食卓に出される物が、不味い訳がないだろうけれど。

 眞魔国に来て、実質まだ1日目。
 分からない事ばかりで困惑しきりだが、文化や慣習が違う国に訪れたのは初めてではないし、以前など100年以上前に飛ばされた事もあるから、考えたらまだマシなように思えた。
 食後に出されたお茶を片手にしているに、ユーリはどことなくぎこちない笑みを浮かべる。
。あ……あのさ、食事が終わったら、ちょっと話が」
「ユーリ! まさかこんな女と、2人きりになるつもりじゃないだろうな!」
 激昂して立ち上がるヴォルフラムを、グウェンダルが低い声で呼んだ。
 それが咎めの色を持つ物だったからか、ヴォルフラムは忌々しげにを見ながらも、とりあえず席に着く。
「そ、そうじゃねえって。おれ、別に……その」
 妙に歯切れの悪いユーリの言葉に、1度納まったヴォルフラムの怒りは再燃。
 元々鎮火もしていなかったが。
 怒り交じりに、に向かってナイフを投げつけた。
 否、の後ろに、かも知れない。彼女には掠りもしなかったから。
 誰もが驚いて、落ちたナイフを見つめている。
「……ヴォ、ヴォルフラムっ、お前何を!」
 ユーリの焦り声を聞きながら、は落ちっぱなしのナイフを手に取った。
 途端、全員が息を飲む。
「人に向かってナイフを投げるの、良くないよ」
 言いながら、はやたらと磨き上げられているナイフを、テーブルの上に置いた。
 ヴォルフラムがニヤリと笑う。
 ユーリは真っ青になり、コンラッドは呆れたように額に手をやり、グウェンダルは首を振る。
 皆の様子がおかしいと気付き、は首を傾げた。
「……なに?」
「いいか、昼だ。場所は中庭」
「はい?」
 さっぱり訳が分からない。
 困惑していると、コンラッドがの肩に手を置いた。
。君は、ヴォルフラムに決闘を申し込まれ、そして受け入れたんだ」
「は?」
 目をパチパチさせて、ユーリを見る。
 彼は青い顔をしたまま、ヴォルフラムを睨みつけた。
「おいっ、彼女は何も知らないんだぞ!」
「知っている。だが受けた事実は覆らない!」
「なんでだよっ、なんでっ」
「コイツが悪いんだ! 僕の婚約者に手を出そうとするから悪いんだ!」
 まるで子供の駄々のように喚くヴォルフラム。
 は状況に置いてきぼりをさせられながらも、なんとなく理解する。
「……あのさ、ヴォルフラムさん婚約者がユーリで、私が邪魔だから決闘を申し込んだ、って事で合ってる?」
「ええ、そうです」
 コンラッドが頷く。
「――そう」
「なあ、止めろよヴォルフラムっ」
「ユーリは黙っていろ! そもそも得体の知れない人間だ。勝負に負けたら、出て行って貰おう!」
「それでは私からも条件を付けます。私が勝ったら正式な滞在許可を。監視を付けず、自由に行動する権利を」
 それに答えたのは、隣にいたグウェンダル。
「よかろう。私が許可をする」
 彼は言って、立ち上がる。
「立会いはコンラッド、お前がしろ」
「おいおい待てよっ、待てったら! おれは許さないぞ!」
「ユーリ、落ち着いて」
 コンラッドに諫められるが、彼は止まらない。
 は苦笑した。
「心配してくれてありがとう。でも勝てば文句を言われなくなるんだし、大丈夫」
「全然大丈夫じゃねーだろ! だって君は女の子で……!」
「女の子と呼ばれて守られてきたのは、もうずっと前の話だよ」
 コンラッドは彼女の瞳を見て、ほう、と息をつく。
 そして知った。
 が、見た目同様の、ただの女の子ではないという事に。


 王佐という任についている、フォンクライスト卿ギュンターは、朝食も摂らぬうちに眞王廟の巫女に呼び出され、今しがた帰ってきたばかりだった。
 最近緩みっ放しと評判の顔は、ユーリのいない所では引き締まっている。
 急ぎ足でグウェンダルの部屋へと向かい、ノックもそこそこに扉を開いた。
「グウェンダル!」
 この部屋の主はいつでも強面であるが、荒々しい入室をする王佐に、更に険の寄った表情を向けた。
「王の躾をする人間が、こうも騒々しいのは問題だな」
「騒々しくもなりますとも! 今しがた眞王廟から帰ってきたのですが、とにかく、伝える事が」
「少しは落ち着いて話せ」
「……ゴホン、これは失礼。言賜巫女が言葉を賜ったそうで、今朝がた私は呼び出され、内容を聞きました」
「それで?」
「異界よりの訪問者を、丁重に扱うようにと。それから――1度、眞王廟へ連れるようにと」
 ギュンターは異界からの客人が、『』という名である事しか知らないでいた。
「出来れば即急に連れて行きたいのですが」
「昼にヴォルフラムと決闘する事になっている」
「そうですか、決闘……決闘ですって!?」
 大声を上げ、グウェンダルの執務机に思い切り手を付く。
「何故そのような!」
「ユーリが、何やらをひどく気に入っている様子。それが気に入らんらしい」
「陛下が気に入っているですと! オノレェェ……陛下の愛は私のもの……!」
 呪いでも撒き散らしそうな雰囲気のギュンター。
 グウェンダルは静かに首を振る。
「とにかく、用事があるのなら決闘の後だ」
「ヴォルフラムに切り殺されたら、話も何もあったものではないでしょう」
「そんな事はユーリがさせんだろう」
 平和主義の日本人だが魔王なユーリは、流血沙汰を許さないだろう。
 グウェンダル等はそれは甘言だと思うが。
「そろそろ昼か……決闘が気になるのなら、中庭だ」
「貴方は?」
「書類を片付けねばなるまい」
 王は、まだ王としての執務を殆どの場合、こなせないのだから。


決闘はあっさりと終わります。
2007・3・10