互国響動 2


 目覚めたは、自分の状況が全く分からないとはこの事だと思った。
 は、自分がいる場所がベッドの上だと気付いて驚き、見知らぬ人間が囲んでいる事にまた驚き、最後に、激しく綺麗な金髪の少年に、憎悪の瞳で見つめられている事に驚いた。
「ユーリっ! 何故そんな女の手を握っている!」
 言われて、は自分の手が、見知らぬ少年に掴まれている事を理解した。
 それが紋章のある方の手だと気付き、慌てて彼から手を引っ込める。
 先ほどまで光を放っていたとは露知らず、異常がない事にホッとした。
「ご、ごめん。おれ、別に、その、手が握りたくなったとか、そういうんじゃ……」
「ユーリ!!!」
 怒号が響く。
 目の前にいる黒髪の少年は、ユーリと言うらしい。
 彼は金髪の少年に胸倉を掴まれて、ジリジリ後退していっている。
 状況がさっぱりだ。
「起き抜けで騒がしくて済まない。だが、聞きたい事があるんだ」
 濃茶の髪の、優しそうな青年が声をかけてくる。
「君が何者か教えてほしい。君は外で倒れていたんだ。前後の状況を思い出せるかい? 名前や、家族環境、知ってる事は全て話してくれないか」
 優しい表情とは違い、質問する声に鋭さが混じっている。
 今までの経験が、それを判らせた。
「……お聞きしますが、ここはハルモニアですか」
「……?」
 騒いでいたユーリ、金髪の少年は、騒ぎ立てるのをやめた。
 不思議そうな顔をして、を見やる。
「ハルモニアではないんだね、よかった。ええとそれじゃあ……どの辺りなのかな。ファレナ女王国? トラン? デュナン? グラスランドではないですよね。気候からして、群島諸国でもないし」
「……すまないが、君が何を言っているのか、全く分からない」
「分からないって、なんの冗談です?」
 地図にデカデカと載っているはずの国名を言ったのに。
 は首を傾げた。
「なあ、とにかく名前だろ」
 ユーリはごほんと1つ咳払いをした。
「おれ、渋谷有利。そんで、こっちの金髪君は、フォンビーレフェルト卿ヴォルフラム。君の右に立ってるのが、ウェラー卿コンラート。おれはコンラッドって呼んでるけど。おれの保護者みたいなもん」
「ええと、私は・マクドールです。……シブヤユウリって、長い名前ですね」
「は? あ、えーと、名前は有利だけ。渋谷は苗字だからさ」
「ミョウジ?」
「家名の事だよ。ってか、おれに敬語なんて使わなくていいよ」
「あっ……それじゃ、私にも遠慮なく」
 なんとなく纏った紹介。
 ユーリはうんうんと頷いた。
「目が緑だから、そうだと思ってたけど……やっぱり君、日本人じゃないんだな」
「ニホン?」
 意味が分からない。
 は髪を撫でつけながら、うーんと唸る。
「私の出身はトランだよ」
「……なあコンラッド、こっちにトランって地名はあるのか?」
 コンラッドは首を振った。
さん」
「名前で結構ですよ。敬語も必要ないです。ヴォルフラムさんも」
「ああ、分かった。君も敬語を使わないでいい」
 切り替えが早いコンラッドは、すぐに敬語を抜いた。
 ヴォルフラムは鼻を鳴らしただけだが、理解はされているようだ。
、君の言うトランという地名は、この世界にはない。眞魔国にも、人間の領域にも」
 コンラッドの言に、ヴォルフラムが続く。
「先ほどのハルモニアだの、ファレナだの、そんな物もないぞ」
「……嘘。だって」
 ビッキーにテレポートを頼んだ訳でもないのに、何故、そんな事に?
 の頭は急回転をし始める。
 徐々に思い出してくる、意識を失う前の事。
「…………そうだ。が……」
。自己完結しないで、教えてもらいたいんだけど……」
 申し訳なさそうに言うユーリ。
「ごめん。あのね、知り合いが魔術師の塔って所にいるって聞いて、同行者……って言うんだけど、彼と一緒にそこへ行ったの」
 グラスランドでの騒乱を終えて、暫くぶりにと一緒に旅をしていた。
 そんな折、デュナン国の王であるから手紙が届いて(国力を人への伝達に使うのは、どうかと思う)ルックが魔術師の塔に戻っていると知った。
 それで、魔術師の塔へ急遽向かったのだ。
「塔に入ってすぐだったかな。急に視界いっぱい黒い霧が出てきて、それで後から凄い引っ張られて――気がついたら、今の状態」
「そんな話が信じられるか」
 冷たく言い放つヴォルフラムを、ユーリは咎めた。
 コンラッドは自身の顎下に手をやる。
「――君はどうやら、この世界の者ではないようだね」
「状況から考えると、そうだね、うん」
 言えば、すとんと自分の中に落ち着いた。
 異世界と呼ばれる物が存在していると、知っていたからかも知れない。
 竜騎士たちの竜は、元々別世界から来たものと知っているし。
「ここは眞魔国。魔族の国で、今いるのは血盟城。王はユーリ」
 驚いてユーリを見ると、彼は苦笑して頭を下げていた。
 少年王には慣れているが、自分の世界の王たちとは当然ながら雰囲気が違っていて、不思議な感じがした。
「魔族の国なんだね」
「人間が住む土地もある。――ここは血盟城。とりあえず、基礎知識としてはそれで充分だよ」
 爽やかに笑むコンラッドを見て、はなんとなく、彼が自分の知り合いに似ているような気がした。
 元小間使いの彼は、今どうしているだろう? 大分会っていないけど。
 ……て、そんな事を考えている場合じゃなかった。
「それで……私、帰りたいんだけど」
「なあコンラッド、おれが帰るみたいに、水からとか……彼女も帰れるかな」
 ユーリの問いに、コンラッドは分からないといった風体で肩をすくめる。
 ヴォルフラムがため息混じりに口を開いた。
「お前は、言賜巫女の導きがあるが、こいつは違う。恐らく駄目だろうな」
 は静かに右手の甲に視線を流した。
 そして意識の中で、紋章に呼びかけた。
 正確には、紋章の先にいるに。
(――。聞こえたら返事をして)
 微かに紋章が呼応した気がしたのに、声は聞こえてこない。
 もっと力を強く放てば、と通じるかも知れないが、ユーリたちがいる前で紋章の力を使う事は避けたかった。
 異界の地で、果たしてこの紋章が働いてくれるのかは、全く分からなかったけれど。
「あー……?」
「ごめんねユーリ。ええっと、私、お邪魔なら1人でなんとか、帰る方法を探してみる。でももし、滞在許可を貰えるのなら――」
「許可なんていくらだって出すよ。同じ異世界人だし、それに君はおれのものに――」
 自分で自分の言葉に驚愕していて、彼は目を丸くしながらも、言葉を最後まで告げる。
「君は……おれのものに、なるんだから」
「「ユーリ!?」」
 コンラッドとヴォルフラムが驚きの余り、同時に叫ぶ。
 は目を瞬き、ユーリを見た。
 呆然としているみたいだと思った。
 たぶん――。
(見た目には、私も呆然としてる……んだろうなあ……)



2007・3・9